短編小説

□振り向いてほしい
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 クザンは私のことを本当に好きなのだろうか。
付き合って半年経つが、一向に手を出してこない。キスどころか、抱き合ったことすらない。 しかし相当な女好きであることは知っている。町で綺麗な女の人を見かければ声をかけてしまうくらいだということも。
それは付き合った後でも変わることはなく、頑張って予定合わせまでして実現させたデート中にもやるのでこちらとしては不安しかない。
 冒頭でも言ったとおり、彼は私のことを本当に好きなのだろうか。
 はっきり言えば自信はない。告白したのも自分からだし、デートに誘うのも自分から。付き合うことを了承してくれたはいいが、私のことを好きで付き合ってくれたわけではないだろうし今も付き合っている自覚があるのかすら分からない。
ただ私の話はちゃんと聞いてくれるし、楽しく話すことも、デートを盛り上げようとしてくれているのも分かる。
 ただ、愛されていると感じられないだけで。

「どうしたの、元気ないじゃない」
「…ううん、なんでもない」
「疲れたなら一休みするか?」

 先ほども女の人とすれ違って視線がそちらに注がれているのを見てしまった。私とのデート中なのだから他の人に目移りなんてしてないで私だけを見てほしい。この日のために服だって新調したし、朝早起きして髪の毛のセットだって頑張った。
全て、クザンに可愛い、好きだと思ってもらうため。でもそんなこと言えるわけもなくて、つい俯いてしまう。重い女だと思われたくない、面倒くさい女だと嫌われたくない。
だからいつも俯いて言いたい言葉を言えずにいた。

「…私だけを見て」
「ん?」

そう、いつもなら。いつもなら顔を上げて笑顔を作って、大丈夫と言えた。でも今日は違った。嫌われたくないと思っても口から零れてしまった言葉を再び飲み込むことは出来なくて、今まで溜め込んできた自分の気持ちが溢れ出してしまって止まらない。

「私だけを見てよ。クザンは私の彼氏でしょ…?他の女の人ばっかり見ないでよ…っ」

ああ、言ってしまった。嫌われる。泣きそうになりながら唇を食いしばっていると頬に手が添えられた。驚いてクザンのほうを見上げると、クザンはこちらを慈しむような表情をして私を見下ろしていた。

「俺さ、こんな風だから女の子に本気で好きになってもらったことないの」
「え…?」

そんなこと、嘘じゃないだろうか。だってこんなにかっこいいのに。

「大切にしたい気持ちばっかり先走っちゃって、いつも通りの俺を演じようとしすぎてたかもしんねぇな…」

ガシガシと頭を掻いて罰が悪そうな顔をするクザン。あまりのことに唖然としているとそれに気づいたのかへらりと笑って

「ま、本当の気持ちも聞けたことだし、ちゃんと楓のことだけ見るから」

覚悟しときなさいよ、と囁かれて赤面してしまったが、クザンも私のことが好きだと分かって先ほどまでの憂鬱が嘘みたいに消えてしまった。

 だがその日から毎日好きだと申告してくるようになってしまったのでこれはこれで考えものだと笑いながら、今でも私はクザンと付き合っている。


〜〜〜〜〜〜


ある日のボルサリーノとクザンの会話


「君にしては慎重だねェ。まだ手ぇ出してないんでしょォ?」
「あのねぇ、俺を何だと思ってるのよ」
「んん〜、遊び人かなァ?」

まあ、間違ってはないけど、と口を尖らせるクザンを見てボルサリーノはにっこりと笑った。

「変わったねェ」
「え?」
「あの子のこと本当に大切なんだねェ」

図星を突かれてウッと言葉に詰まった。そりゃあ…と目を逸らす自分はどう映っているのか、ボルサリーノは軽く声をあげて笑ったのだった。
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