短編小説
□認められない
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「サカズキ大将・クザン大将お疲れ様です」
「あ、楓ちゃんお疲れ様」
「お疲れ」
楓は廊下でばったりと出会った大将に対して敬礼し、にっこりと微笑んだ。
「珍しいですね、お二人だけで歩いていらっしゃるのは」
「いやぁ、サカズキが仕事しろってうるさくて」
「今日提出期限の書類がまだ終わっとらんからじゃろうが」
まったく、とため息をつくサカズキと悪びれた様子のないクザンを前に楓は苦笑いをこぼした。
そしてはっとしたように顔を上げ、
「あの、サカズキ大将。遅くなってしまいましたが、先日はありがとうございました」
「ん? あぁ、別に気にするな。また何かあったらすぐに頼れ」
「お気遣い感謝いたします」
それでは、と楓は敬礼をし、その場を去っていった。
「あのさ」
そしてそれを見送ったサカズキの表情を見て何か思うところがあったのか、クザンは怪訝そうな顔をした。
「なんじゃぁ」
「えっと、お前さ。楓ちゃんの話しをする時もそうなんだけど、楓ちゃんと話す時もそんな感じなわけ?」
クザンにそう言われ、サカズキはその回りくどさに苛立ちを見せた。言いたいことがあるなら直接言わんか、と怒りを隠しもせず言えば、クザンは頭を掻いた。
「なんて言うの、こう……妹に接してるみたいな雰囲気出すじゃん? なんでなのかなって思って」
言い辛そうに紡がれたその言葉を聞き、サカズキは突然怒りを収め、表情を無くした。
「サカズキ?」
「……」
そのまま黙り込んでしまったサカズキを見つめ、何か地雷でも踏んだか? と冷や汗を掻いたクザンだったが、サカズキが意を決したように唇に力を入れたことに気づいた。
「わしは、楓に惚れとる」
「え」
クザンは驚きであんぐりと口を開けたが、サカズキはそんなクザンのことは気にならないのかなぜか妙に悲しそうな表情をして続けた。
「だがわしらは海兵であり、一般人を守るのが仕事じゃろう。ましてや海軍大将であるわしが恋だ何だのにうつつを抜かしていては部下にも掲げた正義にも示しがつかん」
「はあ」
遠まわしに貶されたような気がしなくもないが、サカズキは頭が固く、このような言い回しになるのはいつものことのため今更突っかかることもない。
「この欲求には蓋をせねばならんと分かっとる。じゃが、惚れとると自覚があるせいでそうもいかん」
考え付いた先に、妹を愛でる兄のように接するしかなかった、とサカズキは語った。
クザンとしては本当に好きならそう伝えれば良いと思うのだが、サカズキという人間の特性上難しいことなのだろうと察した。
だが自分だったらそんな勿体無いことはしない。それでもし横から別の男に掻っ攫われでもしたらどうするつもりなのか。泣き寝入りするつもりなのか。
「別にお前がそれでも良いなら別にこのままでもいいと思うけど、楓ちゃんのことも考えてあげろよ」
「あ? それはどういう意味じゃぁ」
「それくらい自分で考えなさいや」
クザンはここまで言っても分からず屋であるサカズキにむしゃくしゃした気持ちを抱えながら自室へと足を向けた。
「あの、クザン大将。今よろしいでしょうか」
それは数日前のこと。楓が昼寝中だったクザンに声をかけた。
「ん〜、良いよ。どうしたの、楓ちゃんから話しかけてくれるなんて珍しいじゃない」
クザンは楓のことを気に入っていた。それは恋とも呼べるような感情だった。
いつもは自分から楓の姿を見かけ次第話しかけている。このように話しかけられることなど滅多にない。内心浮かれながら楓の話を聞いた。
そして自分が失恋したことに気づかされた。
「私、サカズキ大将のことが好きなんです」
まさか、自分の好きな人が自分の同僚を好いているなんて。しかも直接本人から申告されてしまうとは。
だがサカズキの話をする楓の顔は本当に幸せそうで、とても綺麗で、とても話に水をさすことは出来なかった。
「もっとサカズキ大将とお話がしたいんです」
協力してくださいませんか? と可愛いお願いをしてくる楓。胸の中には喪失感が広がる。加えて、失恋したとしてもこの気持ちは変わらないのだと分かってしまって余計に苦しかったが、楓の幸せを考えて身を引くことにした。
「これだけは言っとく」
クザンは数歩進み、サカズキを振り返った。
「もし、このままお前が楓ちゃんに気持ちを伝えないって言うんだったら、おれが貰うから」
サカズキからしてみれば訳が分からないだろう。だがそれでいい。別に分かってもらおうとも思っていない。これは宣戦布告だ。
一度諦めかけたものが手に入るかもしれない。
分からないでいてもらえた方が自分にとっては有利でしかない。
クザンは唖然としているサカズキを置いて、今度こそ自身の部屋へと帰っていった。