短編小説

□その煙、魅力的につき
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「それって美味しいんですか?」

 もくもくと口にくわえた葉巻から昇る煙を目で追いながら、楓はそう言った。その葉巻をくわえた張本人であるスモーカーは興味津々な楓を、困惑したような表情で見下ろした。

「美味しそうに見えんのか」
「だって同時に二本も吸ってるってことは、それが相当好きなんですよね」

 だから美味しいのかなって、と楓はなぜか物欲しそうにスモーカーへと視線を戻した。
 この葉巻が美味しいかと問われれば、答えはノーとなるだろう。スモーカー自身煙が出ればなんでもいいと思っているところがあり、しかもこの葉巻は海軍支給の安物だ。お世辞にも上手いといえるようなものではない。

「いや、旨くはねぇが……」
「ちょっと失礼しますね」

 スモーカーが味の感想をどう伝えようかと悩んでいると楓の手が伸びてきて二本くわえた内の一本を引き抜いていった。

「っ、おい」

 そのままそれをくわえてすう、と吸い込むのを見てあーあーと呆れた顔をする。予想したとおり、楓は葉巻を吸い込んだ瞬間むせてしまった。

「ごほっごほっ!? ごほ、げほ……!」
「ったく、どうしようもねぇ奴だな」

 そう言って咳き込む楓の手から葉巻を奪い返し、再びくわえなおした。

「それ、やば、ごほ」

 涙目で苦しんでいるのを見下ろして、なぜだか良い気分になる。完全に自業自得である。いつも一人で突っ走って迷惑ばかりかける楓が罰を受けたかのようでにやりと笑ってしまった。

「人の話を聞かねぇからだ。旨くねぇと言ったし、吸い方も間違ってんぞ」
「あはは」

 楓は大きく深呼吸をしてなんとか息を整えた。

「うーん、スモーカーさんの好きなものなら私も好きになれるかなって思ったんですけど」
「は?」
「私、スモーカーさんの好きなものは全部知りたいんです」

 好きな人のことを知りたいのは普通でしょう? と言って微笑む楓を見下ろして驚愕してしまい、あやうく葉巻を落とすところだった。そんなあきらかに動揺したスモーカーに楓は嬉しそうに笑いかけた。

「スモーカーさんも、いつも吸ってる葉巻も、全部含めて好きです」

 屈託なく笑う楓を見つめ、スモーカーは顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。こいつは時々突拍子もないことを言い出すことがある。それで自分が困っていることには気づかないのだろう。

「あ、もしかして照れてます?」
「うるせぇ」

 スモーカーは下半身を煙にして逃げ、楓はその後ろを追い掛けていった。そして追いかける楓の顔は、スモーカーと同じように赤く染まっていた。

 
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