短編小説

□おかしくないか?
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 ここはどこだろうか。
 まわりを見渡しても見覚えのない風景が広がっている。先程まで私は麦わらストアにいたはず。なのに、目の前は真っ白な壁。レンガの壁……なぜ?

「ん……?」

 額に手を当てる。記憶が曖昧だ。直前まで何をしていただろうか。
 確か初めて訪れた麦わらストアに興奮していたら後ろから人にぶつかられてしまい、こけたのだったか。で、顔を上げたら変な場所に立っていたと。

 どれだけ考えてもわけが分からない。夢か?

 そう思って首を傾げていると後ろから何か怒鳴り声が聞こえてきた。

「お前! どこから入った!」
「ん?」

 その声のした方へ振り向けば、白シャツを着て首にスカーフをつけた男性がこちらに走ってきていた。
 その男性は血相を変えて私のところまで来て止まった。え? 私?

「お前に聞いているんだ! どこから入った! これは立派な不法侵入だぞ!」
「え……?」

 何を言われているのか理解出来ず聞き返してしまった。どこから入った、なんて私が知るわけない。気づいたらここにいたのだから。

「今すぐ答えなければここで現行犯逮捕となるぞ! 分かっているのか!?」

 目の前の男性は凄い勢いで怒ってくる。そんな怒られても私だって分からないものは分からないのだ。答えようがない。頭ごなしに怒鳴ってくる男性に怒りが募る。

「あのですね、私だって知らないですよ! 気づいたらここにいたんですから!」
「貴様……!」

 思わず反論してしまった。すると男性は明らかに怒りを露わにし、私の腕を掴んだ。

「逮捕だっ!」

 そして次の瞬間、手首にガチャンと大きな音と共に冷たい感触。手錠が掛けられた。……え? 手錠?

 こうして私は捕まった。



 あの後私は手荷物を全て没収され、真っ白な個室に閉じ込められていた。よく刑事ドラマとかに出てくる取調室みたいな部屋だ。パイプ椅子に腰掛けて今更ながら後悔する。
 なぜ売り言葉に買い言葉で返してしまったのか。あの時もう少し理性的に話せていたら、このような最悪の事態は避けられたのではないだろうか。

 というかこの部屋に押し込まれてからまぁまぁな時間が経った。しかし誰かが入ってくる様子はない。ただ、後ろの壁の天井近く、ちょうど角になったところに目玉のでかいカタツムリみたいなものがいる。

いる、と言ったのには理由がある。

それが時々、瞬きのようなことをするのだ。あれは、生き物なのか。そういえば、どことなくワンピースに出てくる電伝虫に似ている気がする。体を捻ってもう一度見てみた。
 しばらく見ているとぱちりと瞬きをした。

 やっぱり生きているなよなぁ、あれ。



「様子はどうだ」
「はっ。異常なしです」

 モニターに映し出される部屋の中の様子を監視していた男はそう答えた。モニターに映し出されているのは楓の閉じ込められている部屋だ。こちらを不思議そうな顔で見上げている。

「一体何者なんだ、この女は」

 女の持っていた荷物を全て確認したところ、異様なものばかりが発見された。
 まず鞄に着けられたバッジの数々。イラストだけならまだ良かったが、そのバッジに描かれていたのは我らが海軍の最高戦力である、三大将であったからだ。見間違いかとも思ったが、その場の海兵全員が全員、これは三大将であると述べたため、勘違いではなさそうである。加えて三大将がデフォルメされたかのようなキャラクターのストラップもぶら下がっていた。
 リュックの中には財布があったため身元確認のために中を確認すると、見たことのない紙幣と硬貨が出てきた。作りは精巧で、玩具ではなさそうだった。それに顔写真つきの身分証も見たことのないものだった。
 女のポケットから押収したのは、ガラスで出来た長方形の機械。正面下についているボタンのようなものを押してみたところ、ガラス面に何かが表示されたがそれ以上何か操作は出来なかった。他にも三大将を思わせるものが続々と出てきたため、この女が只者ではないことが伺える。

「中将、大将が到着されました」

 映像電伝虫から送られてくる女の映像を見ていると、後ろから声を掛けられた。

「クザン大将、ご足労をおかけして申し訳ありません」

 部下の後ろには、クザン大将が立っていた。敬礼してモニターの前に来ていただく。

「この子? いつの間にか建物の中に侵入してたってのは」
「はい。見張りの者の報告によれば、気づいた時には壁に向かって首を傾げていたと」

 そう報告したがクザン大将はモニターにかじりついたように目を離さない。

「あの、お知り合いですか」

 いささか急ではあるが、女の荷物から出てきた三大将関連の小物が気になりすぎて尋ねてしまった。もし知り合いだとしたら今すぐにでも解放しなくてはならない。内心ヒヤヒヤしながら返答を待つ。

「ん? いやぁ、知らないけど。なんかあった?」
「いえ……」

 少し安心した。しかしまだ他の大将の知り合いという線は否定できない。慎重に取調べを進めなくてはならないだろう。

「身元は?」
「持ち物の中を確認し、身分証のようなものは発見いたしましたが、聞いたことのない地名でして……」

 そう言えば不思議そうにこちらを見つめるクザン大将。とりあえず女の荷物を見せることにした。説明するよりも見てもらった方が早いだろう。
 クザン大将は興味津々とばかりに女の荷物を検品した。女の身分証を確認したかと思えばそのままポケットに突っ込み、自分の顔の印刷されたバッジを見て変な声を上げている。

「あー、なんだこれ」

 そして機械類に強い自分でも何か分からなかった長方形の機械を手に取り、首を傾げた。そして何か考える様子を見せると、自分のほうへ振り向いた。

「今、あの子に会うことって出来る?」
「え、あ、はい! 可能ですが」

 んじゃ、会いに行ってみますか、とその機械もポケットに突っ込みそう言うクザン大将に唖然としてしまう。あんな得体の知れない女のところに自ら行くなんて。しかしこれは上官命令、逆らうわけには行かなかった。



「入るぞ」

 取調室の扉が開いた。入ってきたのは先程自分を捕まえたのとは違う男性だった。そしてその後少し屈んで扉をくぐってきたのは、天井に頭がつくんじゃないかと心配になるほど大きな男性。
 驚きすぎて声も出ない。何だ? 背が異様に高い。木を見上げているレベルだ。こんな人間がいてたまるか。いや、実際に目の前にいるんだけれども。
 しかし、その男性の顔を見て口をぽかんと開けて間抜け面を晒してしまった。その男性は何処からどう見ても、ワンピースに出てくるクザンだったから。

「よ、譲ちゃん」

 人間、驚きすぎると声が出ないって本当だったんだね。信じた。頭上高くから聞こえてくる声も、クザンの声で間違いない。何度アニメを見返していると思っているんだ。聞き間違えるはずがないだろう。

「いやぁ、単身で海軍本部に乗り込んできた子がいるって聞いた時はどんな子かと思ったけど」

 案外可愛い子でびっくりしちゃったよ、と前の席に腰を下ろすクザン。しかし、パイプ椅子のサイズが合っておらず、足が机の外にはみ出ている。
 少し冷静になる時間が欲しい。なんで目の前にクザンがいるんだ? というか本物? え? どういうこと?

「ちょっと、大丈夫?」

 あまりにも顔を凝視し続けていたからか、クザンは眉間に皺を寄せた。やはり、クザンだ。とりあえず驚くのは後にして、この状況をなんとかするのが先決かもしれない。今自分に起こっている全ての事柄を整理できるかもしれない。
 震える体を押さえ、深呼吸をした。

「す、すみません、大丈夫です」

 なら、良いんだけど、と言ってクザンは身を乗り出してきた。

「で、譲ちゃん名前は?」
「……楓、です」

 嘘を言う必要はない。大体取り調べなんだから正直に全て話せば開放してくれるだろう。

「楓ちゃんね。で、今日は何をしに来たの?」

 突然本題を投げかけられて驚いてしまった。嘘をつくつもりはないが、これには本当に答えようがない。これも正直に言ったとして信じてもらえるのだろうか。もしこのクザンが本物だとして、海軍本部の大将が直々に取調べを行うなんて、自分が思っているより大事になっているのではないだろうか。あぁ、胃がきりきりしてきた。
 しかし黙っていても仕方がないので、信じてもらえるかは別として本当のことを話すべきだろう。

「えっと、それが私にもよく分からなくて……。気づいたらあの場に立っていました」
「ふぅん」

 自分でも馬鹿みたいなことを言っている自覚があるせいか、目線を反らしてしまう。クザンから返ってきたその一言がやけに重くて冷や汗が吹き出る。これ、信じてもらえてないよな……。

「ま、それが嘘か真かは別として……」

 やっぱり信じてもらえてないわ、これ。

 もう何を言っても駄目かもしれないと思ったその矢先、クザンがポケットに手を突っ込んで私のスマホと免許証を取り出してきた。

「これ荷物の中で見つけたんだけど、何?」

 そう言ってスマホを私に見せてくる。ん? スマホだが。それ以外の何物でもないと思うんだけど。

「えっと、スマホ、ですけど」
「スマホ?」

 聞いたことある? と後ろの男性を振り返るクザン。男性はいえ、と首を振った。え? スマホを知らない? 嘘だろ。今では小学生ですら持ってるぞ。
 この場の三人中二人がスマホを知らないことに驚愕していると、クザンがそのスマホを私の前に置いた。

「これの他にも持ち物からよく分からないものがたくさん出てるんだけど」

 これもね、と免許証をスマホの隣に置く。

「一体何者?」

 怪訝そうに聞いてくるクザンの顔が見れない。そうだ。バッグ。痛バ……。これは確実に見られている。恥ずかしすぎる。私的にああいうのはオタク空間に行くときに装備するものであって、こういう一般の人に見られるのは少し、いやかなり恥ずかしく思ってしまう。オタクって難儀だよな……。
 言葉に言いよどんでいると、クザンがはぁ、とため息をついた。

「言わなくてもいいけどさ、吐かないならしばらく本部で勾留って形になるよ」
「え」

 勾留って、身柄の拘束? マジ? いやでも、この訳の分からない状態のまま外に放り出されても困るし、捕まってても何かこの状況の打開策が見つかるかもしれない。
 色々考えることが多すぎて黙っていたら、クザンは再びため息をついて後ろの男性に声をかけた。

「また明日取調べするから」

と言い残してクザンは部屋を去っていった。私のスマホと免許証は残った男性に回収された。せめて誰かと連絡できないかと思い、スマホだけでも返してくれないか、と頼んだが却下されてしまった。

 こうして私は逮捕に続き、勾留されることとなってしまったのだった。










あとがき

 私がトリップを書くと全く話が進みませんね。でもいきなり異世界だー!? ってなることのほうが難しいのでは? 最初は混乱しているでしょうし……。オチ無し短編トリップものでした。
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