短編小説

□喧嘩した日の翌日
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「もう知らない!」
「あぁ、そうかよ。勝手にしろ」

 ふいっとそれぞれ反対方向に歩いていく。視界にオロオロとこちらの様子を伺うチョッパーたちが写ったが、腹の虫は治まらなかった。
 ゾロと、喧嘩してしまった。


 始まりは些細なこと。敵と戦うたびに傷を増やすゾロが見ていられなくて、怪我しないでね、と気を遣ったつもりだった。誰だって恋人が傷つくのは見たくないものだ。

「お前には関係ねぇだろうが」

 しかし、こちらが心を痛めているというのにただ一言そう言われたことに腹が立ってしまった。

「なにその言い草、こっちは心配してるのに」
「は? お前に心配されるほどやわじゃねぇ」

 ああ言えばこう言うとは正にこのことで、さらに上を行く言葉を投げつけられて我慢できなかった。


 自室に戻ってベッドに倒れこむ。なんであんな言い方をするんだ。こっちは心配で仕方がないのに。
 しかし一人になり冷静になると、なんだか自分が悪いような気がしてきた。ゾロは誰に対してもあんな感じだ。関係ない、は言いすぎだとは思うものの、あれだと私が突然怒り出してしまったようなものではないだろうか。それに、ゾロの言ったことは正しい。私が麦わらの一味に加入する前から幾度となく海賊や海軍相手に戦っているのだ。今更気遣われても迷惑かもしれない。

「楓ちゃん」
「……」

 部屋の外からロビンの声がした。ノックをしないのは私が部屋に入っていくのを見ていたからか。と、いうことは先程の痴話喧嘩紛いのものも、見られていたということだ。
 なんとなく恥ずかしくてその声が聞こえないふりをしたが、ベッドからにゅっと二本の腕が生えてきたことで声を上げざるを得なかった。

「ぎゃっ! ろび、あはははは!」

 わき腹を容赦なく擽られてベッドを転げまわる。そのまま笑い転げているといつの間に部屋に入ってきたのかベッド脇にロビンが立っていた。するすると腕がベッドの皺に埋もれて消えていく。

「座っても良いかしら」
「うん」

 ゆっくりと体を起こしてベッドの端に腰をかけたロビンの横に移動する。

「あなたたちが喧嘩するのは珍しいわね」

 切込みがするどい。思わずうっと唸ってしまった。私が怒りを露わにするのは自分で言うのもなんだが、ほとんどないことだ。以前一度だけゾロが瀕死の重症を負ってきた時に怒鳴った覚えはあるが、それくらいだ。

「うん……」
「楓ちゃんのことだから心配してあげたんでしょう?」

 そう言われて私は小さく頷いた。ちらりとロビンの顔を覗けば、目が合ってにっこりと笑われた。

「そんなに落ち込まなくてもいいと思うわよ」
「え?」

 ふふふ、と笑いながら私の頭を撫でてくれるロビンの言った言葉の意味は良く分からず、聞きなおしたが最後まで教えてくれることはなかった。


 次の日。私は不安だった。朝食の時間になってしまったからだ。昨日からゾロとは顔を合わせていない。そう、謝罪することも出来ずにいる。
 食事の際はいつも隣に座っていた。今日は座っていいものか分からない。いっそのことサンジの隣に座ってしまおうか。

「おはよう」
「おはよう、楓ちゃん。よく眠れた?」

 席に座っていたロビンに挨拶をする。すると視界にゾロの背中が見えた。いつもの席。こちらをちらりと見もしない。やはりまだ怒っているのだろうか。
 おずおずとゾロの後ろを通り過ぎようとしたら、突然ぐいっと腕を掴まれて後ろによろけた。

「うわっ……!?」

 どうやら私の腕を掴んでいるのはゾロのようだ。驚きすぎて声の出ない私が思わずゾロを凝視していると、ゾロがこちらへ少しだけ振り返った。

「……お前の席はここだろうが」

 ぼそりとぶっきらぼうにそう言うゾロの顔は赤らんでいた。その顔を見て私も自分の顔が赤くなるのを感じた。

「うん……」

 すとん、とゾロの隣に腰をおろして昨日はごめんね、と謝れば俺も悪かった、と返ってくる。良かった、怒っていなかった。
 安心しているとそれを見ていたロビンがクスクスと笑った。

「だから言ったでしょう? 落ち込まなくてもいいって」

 あれはそういう意味だったのか。ロビンは何でもお見通しなのかもしれない。私はにっとロビンに笑顔で返事をした。
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