短編小説

□暑い日には
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「あっつ……」

 じりじりと容赦ない日差しが降り注ぐ。暑すぎる。意図せず口からは不平の言葉が漏れた。近くに怒ったサカズキ大将でもいるのではないかと勘違いしてしまう程だ。吸う空気ですら、もわぁとしていて苦しくなってくる。

「楓中将……余計に暑くなるので勘弁してください」

 一緒に木陰で休んでいた部下にそう言われるが、こうも暑いとどうにもならない。訓練の途中だったが熱中症ですでに何名か倒れ、医務室に運ばれている。それに自分もこの日差しの中立っているだけだとしても、不満を漏らさずにいられる自信はなかった。

「……無理。訓練中止」
「え? ちゅ、中将?」

 すくっと立ち上がり、木陰に非難させた部下たち全員に聞こえるように声を張り上げた。

「訓練中止! 各自水分補給を怠らず、しっかり休むこと! 以上! 解散!」

 これ以上体調不良者が出て問題になるよりも、後からなぜ訓練をしなかったのかと問われた方がいっそ楽だ。今日はしっかり休んで、明日からまた頑張れば良いではないか。明日また暑くなるとしても、人間は慣れる生き物。少しずつこの暑さにも慣れる事だろう。

「よろしいのですか」
「うん、こればかりは仕方がない。あ、医務室に運ばれた三人にも今日の訓練は中止だって伝えといて」

 お願いね、と後のことは任せて私は颯爽と建物の中に非難した。


 しかし、暑すぎる。建物の中も空気が淀んでいるのか体全体を毛布で覆われているかのようだ。
 いても立ってもいられなくなって通り道の窓全てを開放しながら自室へと向かった。これで少しは風が入って涼しくなるだろう。
 冷凍庫にアイス残ってたかな、と早歩きで廊下を進んでいると、曲がり角からクザン大将が現れた。

「お、楓ちゃん。お疲れ」
「お疲れ様です」

 気を引き締めなおし、ぴっと敬礼をした瞬間、ひやりと自分の周りの空気が冷たくなった。

「いやぁ、今日は暑いね」

 そう言うクザン大将を見上げたまま、私はハッとした。この人、氷人間だ。この人の周りだけ、めちゃくちゃ涼しい。クザン大将の話に返答をするのも忘れ、声を上げた。

「……あの」
「ん?」

 私は暑さに耐えられない。そして、目の前には暑いと言いながら涼しい顔をした氷人間。言い方は悪いが、私にとってこれはとても都合が良い。

「この後、お暇でしょうか」
「えっ……なに、お誘い……?」

 いつもお茶に誘っても断る楓ちゃんが、と驚いているクザン大将に私は堪らず思いのたけをぶつけていた。




「まぁ、そんなこったろうと思ったけどね」
「気持ちは分かるよォ、可哀想にねェ」

 むすー、と不貞腐れた表情で頬杖を付くクザンにボルサリーノは声をかけた。一方楓は幸せそうにかき氷を頬張っている。

「利用されるだけって悲しいよねェ」
「あんたも利用してる側なんですけど」

 一見同情しているように見えるボルサリーノも、楓と同じくかき氷を手に笑っている。

「いやァ、かき氷美味しいねェ」
「部屋も涼しくて最高ですね」
「はぁ……」

 クザンはため息をつくと自分用に用意したかき氷をつつき始めた。しばらく三人で談笑をしていると、ノックと共にサカズキが入ってきた。

「おい、クザン。回ってきたこの書類……」
「げ」

 そして部屋でかき氷をつつきながら涼んでいる三人を凝視し、今にも怒り出しそうな程目元を痙攣させた。

「うわっ、ちょっ……!」
「サカズキ暑い〜」
「黄猿大将そんな煽るようなこと言わないでください……!」
「クザン……今日中に片付ける言うとった書類は終わったのか……?」

 どうやら怒りの矛先はクザンのようだ。だがこの涼しい空間を壊されても困る、と楓はさっと立ち上がり、サカズキとクザン、二人の間に立ち塞がった。

「あの、サカズキ大将もかき氷いかがですか?」
「あ?」
「冷たくって美味しいですよ」

 楓が無理やり笑顔を作ってそう言うと、サカズキは黙り込み、どかりとソファに腰掛けた。

「食い終わるまでは待っちょるけぇ、早ようせい」

 一旦怒りは静めてくれたようだ。楓はほっと胸を撫で下ろしてクザンへと氷を出すようにお願いをし、それに大人しく従うクザン。

「サカズキ、楓ちゃんに甘いよねェ」
「黄猿大将!」
「ボルサリーノ、シッ!!」

 ただ涼みたかっただけなのだが、別に冷えなくても良いところまで冷えた楓だった。
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