短編小説
□懐かれた話
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最近困っていることがある。というのも私、楓は海軍本部で普通に事務員として働いているのだが
「楓ちゃん、こっちおいでェ」
と、このように黄猿大将に気に入られているのだ。いや、懐かれていると言ったほうが正しいかもしれない。暇さえあれば私のところへ来て仕事中の私の邪魔をしない程度に構ってもらいたがる。
なぜそんなに好いてくれているのかは謎だが、嫌われているよりは断然マシである。
しかし、女子トイレにまで着いて来ようとしたのはいただけない。
「ここ女子トイレですからっ!」
「そっかァ……じゃあ待ってるねェ」
というやり取りをしないと今にでも入ってきそうだったのを思い出した。今でこそ慣れたものだが、付きまとわれ……ごほん、懐かれ始めた当初はどうしたらいいか分からなかったものだ。
「すみません。今手が離せなくて……」
「おォ〜、そうかい……」
しかし今は明日の会議の書類を製作しなくてはならないため、申し訳ないが断らせてもらう。すると黄猿大将は少し悲しそうに呟き、のっそりと近づいてきて私を持ち上げた。
「仕方ないねェ」
「え……?」
先程まで私が座っていた椅子に黄猿大将が足を大きく開いて腰掛け、その足と足の間にすっぽりと座らされた。
「ん……?」
「待っててあげるから早く終わらせなよォ」
いや、何故そこに座った……?
思考が停止し始めたが小さく頭を振って作業に戻ることにした。普段からスキンシップの多い黄猿大将の突発的な行動に理由を求めていたらキリがない。
ちなみに他の事務仲間たちはこの事態に対して無反応である。もうこれに似たことをされているのを何度も目撃しているからか、今更驚くようなことでもないのだろう。
「ん〜、髪サラサラだねェ」
カタカタとパソコンを叩く私の髪に手を沿わせ、指先で弄り始めたようだ。このまま大人しくしていてくれれば良いが、と思いながら資料を貼り付けたりしていく。
「終わったァ?」
「いえ、まだですね……」
途中手が止まってしまったらそんなことを聞かれてしまった。終わっていないと応えればまた髪を弄り始めたのでふう、と小さく息を吐いた。
しばらく作業に集中していたら、首筋に黄猿大将の指が擦れてびくっと震えてしまった。ぞわっとした……と思いつつも口には出さず、作業を続ける。しかしそのせいか、黄猿大将が執拗に首筋を触り始めた。指先でツツツ、となぞったり指の腹で擦ったり触れるか触れないか程度でつついたりしてくる。
それが半端なく、くすぐったい。背筋がゾワゾワしてしまう。私は首が弱かったのか。それに震えてるのがばれてるからこんなことされているのだろうし、恥ずかしくて顔が赤くなる。
いや、そんなことよりも作業に集中できない。
絶対黄猿大将楽しんでるな、と分かったので体を前にずらして首を手で押さえる。
「くすぐったいので、やめてください……」
後ろに振り向いて照れながらそう言えば、黄猿大将は驚いたような顔をしていた。
「んん、ふふ……」
「ぅ……?」
かと思えばにっこり笑って背中に思い切り抱きつかれた。なぜか機嫌を良くしたようである。原因は分からないが、もう首は触らないようなので良しとすることにした。
「楓ちゃんはねェ、首が弱いんだよォ。可愛いよねェ」
「あ〜、もう勝手にやっててくれ、バカップルめ」
「わっしと楓ちゃんは別に付き合ってないよォ?」
「は?」
「わっしが一方的に好きなだけだからねェ」
今はまだ、と微笑むボルサリーノを見てぞっとするクザンだった。