短編小説
□あなたの笑う顔が見たい
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「サカズキさんって笑わないですよね」
「あ?」
机に頬杖をつきながらそう言えば、サカズキは不機嫌そうに楓の肘を払った。
「うえっ」
「頬杖をつくな」
ふん、と鼻を鳴らして手元の書類の確認に戻るサカズキを見つめる。
「聞いてます?」
「何をだ」
書類からは目を離さず、面倒だと言いたげな雰囲気で返答が返ってくる。楓は身を乗り出してサカズキに詰め寄り、先ほどより大きな声で同じ質問を投げかけた。
するとサカズキは書類から顔を上げ、怪訝そうに肩眉を吊り上げた。
「なんじゃぁ、笑わんといかんのか」
「え、いや、ただ純粋にあんまり笑ってるの見たことないなぁって」
楓があっけらかんとそう言えば、サカズキは呆れたと言わんばかりに顔を歪ませ、また書類の確認に戻ってしまった。
楓は再び頬杖をついてつまらなさそうに口を尖らせる。
別に今笑ってみて欲しかったわけではない。こうして気兼ねなく話す中で、時々、ほんの一瞬だけサカズキが見せる笑顔というか微笑みというか、何とも言えないあの表情がとても好きなのだ。
だがそれは本当に奇跡に近いような確立でしか見られず、目を離せばまた元通りの仏頂面になってしまう。
あの表情になる条件が分かれば常にそれを維持していつでも見られるようにしたいのだが、この調子ではいつ笑うのか等の返答は返ってきそうにはない。
楓が小さくため息をついてソファに深く腰掛けると、サカズキが聞こえるか聞こえないか位の声量でぼそりと呟いた。
「お前とおる時は比較的笑っちょるがのぉ」
「……え?」
それを運よく聞いた楓が驚いて聞きなおすと、二度は言わんと一蹴される。楓は驚いた表情のまま固まった後、
「……もう少し笑ってみてはいかがですか?」
とおちゃらけた様子で微笑んだ。
「じゃかしい」
全く、とブツブツ呟くサカズキを見上げてすぐに楓はソファに寝転がった。
「おい、そこで寝るな」
「少しだけですから」
楓がそう言えば、サカズキは再びため息をついた。しかし楓だってこんな顔を見せるわけには行かない。
サカズキがあんなことを言うなんて。
私の前では良く笑ってるって、それは自惚れていいのだろうか。
もみじのように赤くなってしまった顔を隠して、楓は小さく蹲った。