短編小説
□気がかり
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「クロコダイルさん今日もかっこいいですね!」
「あぁ」
このやり取りも慣れたもので、にこやかな笑顔を浮かべる楓とは反対に、クロコダイルは大きくため息をついた。
顔を合わせればその口から出てくるのは甘ったるい言葉ばかり。いつも笑っていて扱いが分からない。
「好きです!」
「そうか」
スパー、と葉巻の煙をふかして現実逃避じみたことを考えて出してしまう。応えようが応えまいが好きだ好きだと楓が砂糖を吐き出すことには変わりないが、応えなければ聞こえていないと判断するのかさらに大きな声で捲くし立ててくるため、ほどほどに返事をしてやらなくてはならない。
「いつもいつも……よく飽きねぇな」
「え!? 私がクロコダイルさんに飽きることですか!? ないですね!」
ぼそりと呟いた一言でさえ拾い上げて笑う楓を、クロコダイルは呆れ気味に見下ろした。
それから数日後、クロコダイルが自室へ向かっていると向かい側から楓が歩いてくるのが見えて一瞬険しい顔をしてしまった。
今日は何を言われるやら。相手をするのが面倒だ、と小さくため息をついた。
だがクロコダイルとしても会うたびにかっこいいと手放しに褒められるのは満更でもなかった。好きだと直接アピールされるのも悪い気分ではない。
そう思ってしまい、軽く頭を振った。今から面倒な奴の相手をするんだぞ、と意識を切り替えたのだが。
「お疲れ様です」
そう言って楓はクロコダイルの横を通り過ぎた。これにはさすがのクロコダイルも驚き、その場で固まってしまった。
いつもならこちらを確認するやいなや飛びつかんばかりの勢いで駆け寄ってくる楓が、挨拶、しかも一般人と変わらないフレーズのみで自分をスルーしていってしまった。
「おい」
思わず振り返って楓の腕を掴んだ。思ったより力を込めて引いてしまったのか、楓は驚きの声を上げよろけながらこちらに向き直った。
「えっと……?」
不思議そうに首を傾げる楓に自分でもおかしいとは思うが、正気か? と表情を歪めてしまった。引き留めたはいいが、言葉がうまく出てこない。いつもなら引き留められているのは自分のはず。
「おれだぞ」
「はい……?」
分かってますけど何か? とでも言いたげな困った表情を浮かべる楓にむかついてしまい、自暴自棄になって思ったことが口に出てしまった。
「お前の大好きなおれだぞ? なぜいつもみたいに話しかけてこねぇ。どうした、具合でも悪いのか」
捲くし立てるようにそう言えば、楓は面食らったようだった。だがただそれだけで何も言わない楓に嫌な予感がして、つい口が滑ってしまった。
「他にいい奴でも見つけたか。あれだけおれに好きだ何だと言っておいて、結局は他の奴のところに行くのか」
何を言っているんだと冷静な自分は叱咤をしてくるが、今まで自分だけに向けられてきた好意が他の奴に向くのが許せなかった。
ギリ、と掴んだ腕に力がこもる。一瞬痛そうに眉間に皺を寄せた楓は、一変してへらりと微笑んだ。
「そんなことしませんよ。嫌ですねぇ」
この場の雰囲気に全く合わない、素っ頓狂な返答が返ってきたことでクロコダイルはさらにイラついてしまう。
「じゃあなんで話しかけてこなかった」
「昨日ミス・オールサンデーに相談したんですよ。クロコダイルさんに毎日アタックしても振り向いてもらえないって」
そしたら、毎日は嫌だと思うわ……って言われたので少し間をあけようと思って、と笑いながら言う楓を見下ろしてクロコダイルは目元をひくつかせた。
たったそれだけの理由で自分は振り回されたのか。
「チッ……」
舌打ちをして手を離す。頭に血が上ったとはいえ、なんとも無様なことをしてしまった。ちらりと目線を下げれば、そこには笑顔を隠そうともしない楓。
「クロコダイルさんって、意外と私のこと思ってくれてます?」
「うるせぇ」
自分から引き留めたのにも関わらずクロコダイルは楓を置いて足早に自室へと向かった。
いつもと違うことをされて調子が狂った。そう自分に言い聞かせるクロコダイルの耳は真っ赤に染まっていた。