短編小説
□コートの香り
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「失礼します」
コンコン、と扉をノックして部屋に入ってきたのは楓。クザンに任されていた書類を届けに部屋までやって来たのだが。
「お疲れ様でーす……?」
部屋の中を確認するが、部屋の主の姿はなかった。以前も部屋の鍵を開けたまま外出するのは控えてくださいと苦言をもらしたばかりだというのに懲りない人だ、と楓はため息をついた。
仮にも大将なのだから、危機感を常に持っていて欲しい、とまでは言わないが、外部に漏れてはならない情報の載った書類が持ち出されたり、逆に部屋に何か仕掛けられでもしたらどうするつもりなのか。
楓だってクザンを叱りたいわけではない。だが、恋人には怪我をして欲しくないし、他の人に怒られているのを見るのも嫌なのだ。ならば、自分が心を鬼にして注意をしてあげないといけない。本当は嫌だが仕方がない。
書類を机に置き部屋から出て行こうとしたところ、椅子に海軍のマントが無造作にかけられているのを見つけた。扉の近くにコート掛けがあるのだからそこに掛ければいいのに、と思いつつ手に取る。
すると普段からあまり羽織っているのを見たことのないコートから恋人の香りがした。
別に変態ではない、と心の中で言い訳をしつつ顔を近づける。さわやかな香水とフェロモンというのか、クザンの匂いがして嬉しくなってしまう。
ちょっとだけ、とそのマントを広げて肩に掛けてみる。とてもぶかぶかで肩幅なんて全然合っていないが、まるでクザンに抱きしめられているようでつい顔がにやけてしまう。
「ふふ……」
嬉しさのあまりその場でくるりとターンしてみた。しかしコートが長すぎたのか踏んでしまいバランスを崩してしまった。
倒れる、と目を瞑って痛みに備えると突然ガシリと肩を支えられた。
驚いて目を開けるとそこには先ほどまではいなかったはずのクザンがいて、こちらをニヤニヤと見下ろしていた。
「なに〜、可愛いことしてるじゃないの」
「は……え……」
どんどん顔に熱が集まっていくのが分かる。なんでいるのか、何を見られたのか、どこから見られていたのか、と震えているとクザンは嬉しそうに
「楓、おれの匂い好きなの?」
と笑いかけられて全部見られていたと分かり、このまま消えてしまいたい、と両手で顔を覆った。
「す、すみません……」
「ん? なんで謝るの? おれも楓の匂い凄く好きだからさ」
そう言って楓の頭に顔を近づけ、クザンはスゥと匂いを嗅いだ。
「ね、このまま少しだけイチャイチャしよっか」
ひょいっとお姫様だっこをされてソファにつれていかれる。
なかなか帰ってこない楓を心配して部屋にやってきた同僚に見つかるまであと十数分。