短編小説
□餌付け
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「楓ちゃん、これあげるねぇ」
「わ、ありがとうございます!」
そう言って黄猿大将に箱を手渡される。中身はチョコレートだよ、と言われて笑顔が零れた。
少し前から黄猿大将が物をくれるようになった。物といってもお菓子だったりフルーツだったり様々な食べ物だ。訓練尽くめの日々唯一の癒しといっても過言ではないそれにいつも助けられている。
「え、これ、高いやつですよね……」
ウキウキしながら包装を解いて中を確認すると有名ブランドの、しかもまあまあお高めなチョコレートで絶句してしまう。
「そうかなぁ、値段見ずに買っちゃったからねぇ」
「ちょっとこれはいただけないです……」
こういうものは大切な人にバレンタインデーとか、それこそ大切な日に送るようなものだ。
こんななんでもない日に、それこそただの部下に気軽に渡していいものではないと思うのだが。
そう思って返そうとしたところ手で制されてしまった。
「楓ちゃんのために買ってきたんだから遠慮せずに食べて良いよぉ」
と、ニコニコ笑って受け取るように圧をかけてきた。とても申し訳なくて謝りながら受け取った。だが本心では高級チョコレートをもらえたという喜びも大きい。
「ありがとうございます。何かお返しを……」
「いいよぉ、別にぃ。いつも楓ちゃん頑張ってるし、気にしないで」
それじゃあねぇ、と手をひらひらと振りながら去っていく後ろ姿にもう一度ありがとうございます!と叫んで見送った。
黄猿大将は海軍に入隊した当初、背が高くていつもニコニコしてるのが怖くて近寄りがたい存在だった。
だがそんな私に自ら話しかけて、こちらに歩み寄ろうとしてくださった。しかも食べ物までくれる。本当は優しい人なんだと理解するのにそう時間は要らなかった。
物なんかもらえなくてもお話をしていたいと思う。初めあんなに怖がっていたのが嘘みたいで自分に笑ってしまう。
明日も黄猿大将に褒めてもらえるように訓練頑張ろう!
「どう、渡せた?」
廊下の角からひょっこりと顔を出すクザン。それには驚くことなく、ボルサリーノは
「当たり前でしょう〜」
とにっこり笑った。
「まあ、そうだよな。でもこれで何回目だ?」
「覚えてないよ、そんなことぉ」
「でも、順調だろ?」
クザンは腕組みをしてふふんと得意げだ。それもそのはず。こうしてボルサリーノが楓に物をあげているのも、全てクザンのアイデアだからだ。
ある日ボルサリーノが部屋にやってきて、好きな子が出来たから相談に乗って欲しいと言った時は飲んでいたお茶を噴き出すくらい驚いたものだが、今となってみればいい思い出だ。
「そうだといいんだけどねぇ」
「ま、初めの怖がられてた頃よりマシでしょ」
あの頃、といっても少し前だが、怖がられすぎて顔すら見てもらえていなかったのが面白くて笑ってしまったのを思い出した。
その時のボルサリーノの落ち込みようが半端ではなかったから手伝うことにしたのだから、あの経験は必要だったと思う。
「わっしのこと好きになってくれるかなぁ」
「も〜、男ならドンと構えてなさいよ」
そう軽口を叩きながらクザンとボルサリーノは廊下の先へと歩いていった。