儚く消えるは、夢の如く
□4章
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マスターの提案で喫茶店で働き始めたあゆみの日々は、目まぐるしく過ぎていった。
資金が底をつきかけていた為、住む場所も大将の優しさで使われていない寿司屋の2階を無償で借してもらい、いずれは一人暮らしが出来るよう夜には寿司屋でも働いた。もちろん昼は喫茶店で。
無理をしないようにとマスターと大将からは念を押されてはいたが、そこは若さでカバーし、黙々と働き、本人も気付かぬ間に1ヶ月が経過した。
「だいぶ、喫茶店での仕事にも慣れたようですね。初めてとは思えない程覚えも良いですし、手際も良くてびっくりしましたよ。」
喫茶店のグラスと世界中のコーヒー豆が綺麗に整頓され並ぶ棚の前、カウンター内、マスターはいつものようにコーヒー豆を挽いている。
その横で、あゆみはいくぶん上手くなった包丁さばきでフルーツを切っていた。モーニングに出されるものと、パフェの分だ。
「ありがとうございます!!正直、覚えるのに必死でした…慣れない土地だし、接客業も初めてだったし……
気付いたら知らない間にひと月経ってて…」
「この様子なら、おじいさんを捜しに行く余裕も出来そうですね。」
「そうなんですけど…その前にやっぱり一人暮らししないとなぁって思うんです。いつまでも無償で部屋を借りたままは……」
「それは気にしなくて良いんですよ。中谷さんもそう言ってくれていたじゃないですか。使っていない部屋だったし、だからと言ってお金を取れるほど広くもなく綺麗じゃないからと。
なんせ、あの真島さんがよろしく頼むと仰っていた方だ、むげには扱えませんよ。」
マスターの最後の一言にあゆみは疑問を持った。そして、包丁を持った手を思わず止め、マスターに振り返りその疑問符を伝えた。
「真島さんとは、以前話した通り、心斎橋で声をかけてもらっただけの仲なんですけど…どうして真島さんから頼まれると適当に扱えないんですか?まるで、真島さんに恩があるみたい。」
「ええ、その通り、恩があるんですよ。私や中谷さん、商店街の方達もね。話していませんでしたか?」
出会ったばかりの自分をここまで気にかけ、面倒を見て欲しいと人に託す程の男だ、恩の一つや二つ売っていておかしくはないのだが。
その男が真島だからかあゆみはとても気になった。
マスターからの質問に首を振り、是非聞かせて欲しいと答え、あゆみはマスターの口から語られる昔話を待った。