儚く消えるは、夢の如く


□1章
1ページ/3ページ

 数センチ先すら見えない程ひどく濁り淀んだ川面に、キラキラと煌びやかな街のネオンが似つかわしくなく反射している。あの、テレビでよく見かける両手を上げたお菓子メーカーの看板も、その派手なデザインをこれでもかと映している。
そんな川にかかる橋の上に、ただ一人たたずむ女がいた。

今にも身を投げ出してしまうのではないか?と心配されそうな程、女は暗い雰囲気をまとい疲れきった顔をしている。
そして、その心配は待ちゆく人にも伝わっているようで……

「ねえちゃん!飛び込むんとちゃうやろなあ?」

その言葉で振り返った女に、男は続けた。

「こんな汚い川に身投げなんかしたら成仏出来るもんも出来んようなるでえ!
どうせ飛び込むなら海か滝にしときぃ!」

突然大きな声で声をかけられ、女は大きな目をさらに見開き男を見た。

人混みでも目立つ長身に、綺麗に刈られた黒髪のテクノカット。パイソン柄のジャケットの下からは刺青が顔を覗かせている。そんなトップスに合わせるは黒いレザーパンツに黒い革手袋、尖った黒の革靴だ。その革靴には川面と同じ街のネオンが反射している。そして極め付けは左目に眼帯である。
そんな奇抜な格好の男が自分を心配して声をかけてきたとあっては、それは女も言葉を無くして見つめてしまうというもの。

「聞いとるか?!人の話。」

女が呆気に取られたのは男の服装のせいなのだが、とうの本人はそんな事とは露知らず、首をかしげながらさらに一歩近づいた。

「あ…いえ、飛び込もうなんて考えてません…」

一風変わった格好の男が声をかけるだけではとどまらず、近づいて来た為、女は慌てて後退りし、両手を胸の前まで上げて男を制止するポーズを取った。
W近づくなWそう言われているような行動である。
その意思表示が伝わったのか男がなだめるような控えめな声色で

「誰も取って食ったりせえへんで。
俺はただ自分が汚い川に身投げするんちゃうか?思って声かけただけや。」と訴えてきた。

自分が胸まで上げた両手で拒絶するようなポーズや後退りの行動で相手を傷付けたと気付いた女は、慌ててその両手を下ろし、謝罪した。

「すみません!心配して声をかけて下さったのに。飛び込んだりしないので安心して下さい!」

「さよか。」

男は安心したらしく、前屈みだった体をうしろにのけぞらせた。

(よう見たらまだ若いなあ〜てっきり水商売のおねえちゃんが仕事嫌になって川飛び込もうしてんかと思ったわ〜)

確かに目の前に立つ女の顔は、この街のネオンに溶け込めるほど派手なメイクが施されている。大きな瞳には不釣り合いなアイラインが引かれ、はっきりとした唇には濃い色の口紅が塗られ、さらにはっきりと輪郭を描いている。黒くて長い髪には大きな花の飾りがつき、華奢な手首には大ぶりなブレスレットがその存在感をまざまざと見せつけていた。
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ