儚く消えるは、夢の如く
□0章
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雑多に並んだ大小様々なコンクリートのビル達が、バスの窓の外を流れていく。
誰もがそうであるように、初めて訪れる場所に胸をときめかせ、さも全てを記憶しようと瞬きすら忘れて魅入る幼子がいた。
母親の太ももの上に座り、窓に手をついてその流れゆく街並みを食い入るように眺め続ける女の子に向かって母親は言った。
「あゆみ、おじいちゃんに会うの楽しみ?」
小さな女の子は母親に話しかけられた為、慌てて首を窓の外から母親に向けた。その拍子に女の子の長い黒髪がサラリと揺れる。
「うん!!だって、街の人が優しいおじいちゃんだって言うんでしょ?
優しい人ならあゆみ大丈夫だよ!」
母親はその言葉に納得したのか、小さく頷き微笑んだ。
「あ!蟹さん!」
「あれはね、この街の有名な看板よ。」
「うわぁ〜かわいいペンギンもいる!」
「ああ、あれは色々な物を売っているお店よ。とても安いの!」
目に入る物全てが新鮮で興味の対象でしかない女の子に、母親は優しく説明をした。それはバスが目的地に到着するまで続いた。
バスを降りた二人は手をつなぎ歩き出しす。
小さな女の子が疲れる直前、時間にして10分と経っていないだろうか、母親は一つのビルの前で足を止めた。
「ここがおじいちゃん家?」
「ええ、そうよ。」
(ここに来るのは何年ぶりかしら……)
長い間訪れなかったからか、母親はしばらくぶりに見る薄汚れたビルを無言で見つめた。
(昔はまだまだ新しかったこのビルも、すっかりくたびれちゃったわね。
私もこのビルの事言えないわ…久しぶりに会う父さんも、ずいぶん老けてたりするのかしら…
会う機会を設けてくれたんだから、許そうって気はあると思うんだけど。)
数分後、母親の心配を他所に、いつもは静かなこのビルの事務所に和やかな笑い声が響いた。