異世界交流

□目覚めは棺の中、初鍛刀と共に
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「…?」



自分の名を呼び掛ける声に少女ーーー久米野琥珀は目を覚ました。



「…愛染?」



《良かった…! 主さん大丈夫か?》



ぼんやりと目を開けて辺りを見回すが声の主は姿を見せない。



「…何処に居るのですか?」



問い掛けに答えたのは胸元でかたかたと動いた短刀だった。
彼女の初鍛刀、"愛染国俊"が彼女の懐に収まっていた。



《主さんに話し掛ける事は出来るけど、何でか顕現出来ないんだ。あ、霊力は充分貰ってるぜ!》



それなら何故、と脳味噌を回す寸前、何者かの声が聞こえて来た。



「やべぇ、そろそろ人が来ちまうんだゾ。早いとこ制服を………うーん! この蓋、重いんだゾ!!」



ガタガタと琥珀の前の壁が揺れる。
それに警戒して懐の愛染も小刻みに揺れている。
震える壁に手を触れようとした瞬間、青い何かが唐突に暗闇を吹き飛ばした。



「っ……」



《主さん!》



「さてさてお目当ての……って、ぎゃーーー!! オマエ何でもう起きてるんだ!?」



「…猫」



《猫が喋ってる!?》



壁を吹き飛ばした原因だと思われるのは、黒い毛並みに青い炎で耳が燃えている正体不明の生物だった。



「…猫さん、お名前は?」



《主さん!?》



「オレ様はグリム様なんだゾ! お前はなんて云うんだ?」



「お初にお目にかかります。久米野琥珀と申す者です」



《主さん! 何呑気に猫と話してるんだよ!?》



「…はっ! オレ様は世間話をしに来たんじゃねぇんだゾ! おいニンゲン! オレ様にその服を寄越すんだゾ!」



如何やら愛染の声は琥珀にしか聞こえていないらしい。
グリムとやらは服を寄越せとぴょんぴょん跳ねて催促している。
自分の服など何の価値にもならないのに、と小首を傾げ乍ら胸元に目線を落としてみる。
すると如何だろう、目を覚ます前は紅白の巫女服を着ていた筈が今は洋装に変わっているではないか。
これには琥珀も少しだけ目を見開いた。
何の返答もない彼女に痺れを切らしたのかグリムは自身の耳と同じ青色の炎を盛大に燃やして脅しかけてくる。



「さもなくば……丸焼きだ!」



流石にやばいと感じ取った琥珀は懐の愛染を服の上から大事に押さえて部屋を飛び出した。
そうして逃げ込んだ先の図書室にて、琥珀はベネチアンマスクの様なもので顔を覆っている自らを"学園長"と名乗る人物と出会った。
彼女の腕を掴んで強引に何処かへ連れて行く学園長に愛染が彼には聞こえない声を張り上げて怒っている。
琥珀も余り良い気はしていないが本丸へ戻る為には従っていた方が良いだろうと判断し、大人しくしている。
暫く歩くと目的地であろう棺桶が沢山浮かぶ異質な部屋へと足を踏み入れた。



「さて、皆さん。彼女は特待生です。今年から女子生徒を受け入れようと試みたとは説明しましたね?」



学園長ーーーディア・クロウリーの言葉に彼等からの視線を一斉に集める事となった琥珀は居心地が悪そうに服に着いているフードを深く被り直した。
軽く彼女の事を説明するとクロウリーは再び部屋から出て行ってしまった。
残された琥珀は特に何もすることが無いので、ふわふわと浮かんでいる緑と黒の棺桶や見慣れない豪華なシャンデリアをぼんやりと見上げていた。



「……(愛染、余り殺気立っては駄目ですよ)」



《主さんに何かあってからじゃ遅いんだからな! 蛍が本体持ってぶん回すのとオレが警護するの何方が良い?》



「(そうですね、後者でお願いします)」



初鍛刀と心の中で意思疎通をしていると、不意に肩を軽く叩かれて琥珀は其方を向いた。



「初めましてレディ。気安く触れてしまった事は許してね。アタシはヴィル・シェーンハイト、ポムフィオーレ寮の寮長よ」



「ご丁寧にどうも…。顔も見せずに申し訳有りません、久米野琥珀と申します。此方に則るのなら琥珀・久米野でしょうか」



「ふふっ、丁寧に有難う」



そう云ってヴィルは美しく笑った。



「貴女の髪がとても綺麗でね、つい話しかけちゃったの」



「…髪は、私の長所なので…嬉しいです。有難う御座います」



静かに頭を下げた琥珀に、ヴィルは満面の笑みを返した。
唐突に話し掛けたのにも関わらずに、礼儀正しく言葉遣いも丁寧で敬意を忘れない彼女に好意を抱いたのだ。
それは赤髪の男や、眼鏡を掛けた銀髪の男も同じようで遠目だが琥珀を優しい瞳で見つめている。
すると先程と同じ調子で激しい音を立てて部屋の扉が開かれた。
音の主は矢張りクロウリー。だが先程と異なるのは彼の隣に中性的な見た目の男子が立っている事だ。



「…さぁ寮分けが終わっていないのは君だけですよ。狸くんは私が預かっておきますから、早く鏡の前へ。あぁ琥珀さん貴女もですよ!」



「ほら行ってきなさい。アタシ達の寮に選ばれるのを楽しみにしてるわ」



ヴィルは琥珀の髪の毛先を軽く梳き、軽く背中を押して彼女を鏡の前へ送り出した。
緊張した面持ちの男子ーーーユウと共に"闇の鏡"と呼ばれた大きな鏡の前へ立つ。
鏡の中にエメラルドグリーンの炎が燃え上がり白と黒のベネチアンマスクが口を開いた。



「汝の名を告げよ」



「ユウです」



「ユウ……汝の魂の形は……」



そこまで云って鏡は口を閉ざしてしまった。
今迄ならば即断即決をしていた鏡が黙り込んだ事に、生徒達数名はざわざわと騒ぎ始める。
そして数秒間の沈黙の後、鏡は衝撃の単語を口にする。



「分からぬ」



「何ですって?」



「この者からは魔力の波長が一切感じられない……色も、形も、一切の無である。よって、どの寮にも相応しくない!」



「魔法が使えない人間を黒き馬車が迎えに行くなんて有り得ない! 生徒選定の手違いなどこの百年、ただの一度も無かった筈。一体何故……!」



その直後、クロウリーに捕まっていたグリムが飛び出して自らをユウの代わりに入学させろと云い出した。



「魔法ならとびっきりのを今見せてやるんだゾ!」



「ーーー皆伏せて!!」



刹那、鏡の間は青白い炎に包まれた。
加えて誰かの臀部に火が燃え移ったらしく悲鳴が上がり室内は阿鼻叫喚である。



「このままでは学園が火の海です!誰かあの狸を捕まえて下さい!」



「チッ……かったりぃな」



「アラ、狩りはお得意でしょ?まるまる太った絶好のオヤツじゃない」



「何で俺が。テメェがやれよ」



ヴィルと黒髪の男が云い合いをしていると、先程優羽を見つめていた眼鏡を掛けた銀髪の男が名乗りを上げた。



「クロウリー先生、お任せ下さい。幼気な小動物を甚振って捕獲するという皆さんが嫌がる役目、この僕が請け負います」



「…流石アズール氏、内申の点数稼ぎキマシタワー」



宙に浮くタブレットが軽く貶すもののアズールと呼ばれた男は笑顔を絶やさない。
そして彼は赤髪の男に声を掛けた。
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