作品

□ぼくらは進むよ何処までも
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 かたん、かたん、という音を聞いていた。どこか遠くで起こっているもののように。それは、規則ただしく、ゆるぎない一定のリズムを刻んでいる。ときおり、すこし変調して、かたかたっ、かたかたっ、というふうに早まることもあった。そして、それに連動して、俺の体も少し振動する。ぐらり、ぐらり。上へ下へ、揺さぶられるような感覚。

(おもしれぇなぁ)

 そう呑気にとらえていると、しだいに意識がクリアになる。どうやら俺の体にかかっている力はそれだけではないらしい。誰かにせわしなく、肩をがくがくとゆさぶられている。脳までそのふるえが伝わって、あたまが、まるで酔ったふうになる。なんだよお、おれねてんだろ。ほっといてくれよと言おうとして、かすかに目をあけて。そして目の前にいる人物を認識して俺は驚きのあまり瞳孔がかっぴらいた。 ……ん?

「あ、ししょう、やっと起きましたね。ずっと寝てて起きないから、心配したんですよ」

 そう言って俺をまっ正面から見つめているのは知った顔だった。普段からよく慣れしたしんでいるもの。しかし、だからと言って目が覚めた後すぐに目にするはずのものではなかった。黒目がちな瞳、眉の所で切りそろえられた髪、乏しい表情。学生服を着ていて、もともとの雰囲気が暗めなために、全体として影のように見える。まるく、幼げな輪郭。

「……モブ」
 
 はい、と目の前の少年はうなずいた。そして、今どこにいるかわかりますか、と周りを指でたどって、最後に俺の背後を指さした。おもわず俺は振り返る。……黒い。圧倒的な闇が、窓の向こうに存在していた。想定外のことに、思考が止まる。再び動き出したモブの腕の動作をなぞりながらゆっくりと首を前に戻すと、俺たちを取り巻いているものがはっきりとわかった。
 そこはまるで、電車の車両の中らしく見えた。淡い色の内装。上から白い照明がぴかぴかと光り、そこらかしこに反射してまぶしい。前のほうには、少し距離を置いてほそながく青い座席があって、なるほどお見合い列車の形だ。そして窓。また、深い闇。コントラストが激しくて目が痛い。

「……なんだ、ここ」
「僕もわかんないんです。さっき一応超能力を使って何とかならないか試してみたんですけど、ちっともだめで。ほんと、何なんでしょうね」
 モブはそう言って首をかしげた。それを聞いて、俺はさっと血の気が引く。
おいおい、お前でも何もできないって、つまり俺たちここに閉じ込められたってことじゃないのか、と。



ぼくらは進むよ何処までも



 自分の身なりを確認したところ、普段のスーツ姿だった。モブといるときの見慣れた格好で、ほっと安堵する。今まで自室で寝ていたはずで、もしそのままならば寝間着を見られることになり、それは避けたいなと考えたのだった。いくら弟子にでも寝間着のださいTシャツを見られたくなかった。
俺たちの乗っている車両の中には他に誰もいなかった。なんとなく予想はついたが、一応他の車両も調べてみて、結果、列車には俺とモブ以外誰もいないことが判明した。運転手さえも、だ。じゃあこの電車はどうやって動いているのかという疑問が生まれたが、それは放っておくことにした。世の中にはまか不思議なことがあふれていて、自分たちはそういうものたちととなり合わせで生きている。そんなわけだから、仕組みをへんにあばこうとしても無駄だと思ったのだ。

「しかし、なんで俺たち二人だけが、こんなことになっちまったのかね……、エクボもいないし。というか、この電車、どこまでいくんだ? いつか止まんのか。それともずっとこのままなのか」
探索を終えた後、もと居た車両に戻り、モブと横並びで座席に座る。く、と伸びをしながら、ぽろりと疑問が漏れた。まさか、死ぬまでとかなのか。それを聞いて、モブはどうでしょうねとあいまいな返事をする。
「そのときはそのときじゃないかなぁ……。こんなこと今までなかったから、どうしようもないじゃないですか。意思が読み取れるならまだ何とかなりそうなんですけど、それも無理っぼくて。善意も悪意も、感じられない」
 お手上げです、と小さくつぶやいたのが聞こえた。落ち込んでいるのか、顔は下をむいて沈んでいる。そっかあ、俺は相づちをうつ。きにすんなよ、おまえはよくやってると声をかけたあと、ふと天井を見あげた。何か手がかりはないかと思ったがそこは相変わらずまぶしいだけだった。手で目の前を覆いまばゆさに顔をしかめると、その拍子に体がぐっと斜めに傾いてしまい、そのまま、床に滑った。何やらけだるく、べたりとみっともなく腰までを地面につけた姿勢のまま座席の所に頭を載せる。モブのほうを見ると、先ほどまでわからなかった顔が下から覗けた。……少し目がしょぼついているようで、しきりにこすっている。眠いのだろうか、目元にかすかなしずくの存在を見た。

(そういえば、おれも)

先ほどまでに長らく寝ていたはずが、気づくとまた瞼が重くなっていた。へんだ、おかしいなあという思いが頭の片隅に湧いたが、それについて詳しく考えるよりも早く、圧倒的な眠気が俺の思考を埋め尽くした。目をあけていようとしたが、かなわなかった。それは抗いがたい力を有していた。



 ここではない、ちゃんと調味町に存在していたころ。かねてから、たびたび明晰夢を見ることが俺にはあり、しかもそれらは世間一般に悪夢と言われる類のものだった。その内容は、もしざっくり説明するとするならば、こんな風だ——俺はずっと、何かに追われている。そいつの姿は見えない。追いかけてくる際の不可思議な音で、そいつが多分、人ならざるものであるんだろうというざっくりとした目星はつく。が、具体的にどんな風貌かは判らない。ただ、執拗に、付け回されているのを感じる。おれは、そいつに捕まらないよう、必死に逃げている。舞台は、見知らぬ土地、生き物もたぶん、俺のほかにはおらず(追っかけてくるそいつを、生物と呼べるか俺はとまどっている)、そして見たこともないような街の中を行くのはたいへん骨が折れるが、そうでもしないとすぐに追いつかれてしまうというつよい確信があった。そして、その場合、俺の人生、ジ・エンド。 右、左、右。目についた道を、がむしゃらに走る。不思議なことに、行き当たりになることはなかった。それは走り続けなければならないということを暗に示しているようで、ある意味、地獄ともいえた。
 ずっと走っていると体じゅうから汗が吹き出し、頬を伝ってながれてきた。いきが、あらくなる。足が疲労のためにがくがくとふるえ、それが限界に達して、俺は、じめんにくずおれる——いつも、同じ場所だ。一度、地にからだがついてしまうと、弛緩しきって、全身に思うように力が入らない。逃げなければ、ならないのに。こんなとこで、止まってたまるか。動かない自分の体に歯ぎしりする。 ひゅうひゅうとかすれた音を立てて呼吸を繰り返し、それでもなんとか逃げ道を模索しようとするも、気づくと辺りはひどく薄暗くって、思うように光を見つけることはできない。思考をフル回転させても、多少酸欠を起こしている風で、万全ではないから、まともなことは思いつけない。 そんな、絶望的な事実に、呆然となってしまいそうになって、しかし状況を、もっとひどくしまいそうな音が背後から聞こえてくる。 ……がちゃん、がちゃん。ざわざわ、ざわ。 聞きなれない、耳障りなそれはだんだん大きくなって、あ、と。おいつかれたのだ、そう悟る。自身の置かれている状況の危うさが、ふかく、体じゅうに飛び込んできて。俺は、ふるえることしかできない。しかし、せめて少しもの距離をはかろうとして、わずかに残っている腕の力をふりしぼり、前進しようと試みる。ぐ、と腕に、力を込めた、その瞬間。目の前が突如、真っ黒くなる。すぐに状況は読み込めなくて、それでも、押しつぶすような力が俺に働いているのを理解して、そうして、自分は本格的に捕まってしまったと知った。強くつよく、四方から圧迫されて、体じゅうがきしむ。そのまま俺の肋骨あたりの骨がぼきり、と折れて。激しい痛み、と酸素の欠乏で意識が薄れゆく。なおも圧迫が続く、その片隅で、何者かが俺に向かってささやいているのを聞く——なあ、おまえ。本当に逃げられると思っていたのか、ばかだなあ。 それは、あざけるような声色を含んでいる。
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