novel 2 


□愛の紋章 17
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 78 庇愛 @



「キャロルを探せ!」
「絶対に見つけ出して、私のもとへ連れ戻せ!」

キャロルの不在は、メンフィスをこれ以上なく激昂させた。
怒声を張り上げて捜索令を発し、自身も勢いよく駆け出そうとしたが、それを引き止める声がかかった。

「お待ちください、メンフィス様、どうか騒ぎを大きくしないでくださいませ。キャロルが帰りづらくなりますゆえ」

ナフテラがひざまずき、王に願い出た。
「きっとほんの出来心だったのでございましょう。子ぎつねを放したら、すぐに戻るつもりだったのだと思います」
あの小動物をキャロルに与えたのは自分だ。責任はわたくしにもありますとナフテラは申し立てた。
「メンフィス様、なにとぞ」

幼少期より全幅の信頼と親愛の情を置く女官長になだめられ、王はしぶしぶ足を止めた。
周囲の者たちはひそかに胸をなで下ろした。

キャロルが出ていったのはなぜか。
水を持たせ、一気に飲み干し、気を落ち着けてから、メンフィスは考えた。

たしかにあの時、苛立ちを抑えられず、つい感情的に怒鳴りつけた。その後も慰めの言葉をかけるでなく、会いに行ってやることさえせず、独りきりで放っておいた。繊細な彼女を不安な気持ちにさせてしまった。

だがそれが原因で王宮を抜け出すとも思えない。ましてテーベの都を去り、イズミルのもとへ行こうとしたなど、かなり無理がある。

ヒッタイトの侵攻から命がけでエジプトを守り、その後は首都テーベでメンフィスと共に暮らすことを受け入れ、おとなしく生活していたキャロル。
一時期イズミルに対して気の迷いを生じさせたのは事実であり、どうしてもそれと結びつけて考えてしまいがちになるが、さすがにとらわれ過ぎだとメンフィスは頭を振った。

やはりナフテラの言うように、キャロルは少し外出したかっただけなのだ。ならば近いうちにまた街へ出かけ、今度こそ気分転換させてやろう。

現在の首都テーベは戦後の穏やかな空気に包まれ、治安も悪くない。キャロルが事件に巻き込まれる危険性は低いと見てよい。

メンフィスは腹心の武官を呼びつけると、少人数の兵士で速やかにキャロルを連れ帰るよう命じた。
配下の兵を率いたウナスが、ただちに出動していった。

「キャロルが戻ったら、あまりきつく叱らずに迎えてやれ」
「はい、メンフィス様」
「まず食事をさせよ。それから湯浴みだ。早めに支度しておけ」
「かしこまりました」

ナフテラは嬉し涙を浮かべて承り、女官達も深々と頭を下げた。




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