novel 1 


□愛の紋章 8
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 31 撃愛 @



熱砂の砂漠を、エジプト軍が疾駆する。
照りつける陽光も、大地を渡る熱い風も、燃えるような暑さも、砂漠の国で生きる彼らの闘志を阻むことはできない。大いなる目的のため、エジプト兵は前へ前へ進んでいく。
肩衣をはためかせ、大軍の先頭にたって馬を駆るのは、王メンフィスである。

対するヒッタイト軍も気迫をみなぎらせ、整然と布陣していた。
不覚にも夜襲をかけられ、手痛い損害をくらった前哨戦であったが、この公明正大な太陽の下で真っ向から対戦すれば、大陸最強のヒッタイト帝国軍が敗れる理由はないはずだった。
しかし砂漠に慣れ、よく統率されたエジプト軍の実力を思うと、油断を捨て、あらためて戦意を磨き、万全の態勢で待ち受けるのであった。

やがて───
ヒッタイト兵らは遠くで巻き起こる砂煙を目撃した。

「前方に敵!」
「エジプト軍、向かって来ます!」

ほどなくして雄壮な黒獅子にも似た青年王が率いる戦闘集団が出現し、互いに相手の陣容を見渡せる位置で止まった。
エジプトとヒッタイト───ふたつの大国の軍がここに出そろった。

真正面から向き合う両軍。
しばし睨み合いを続けた後───

メンフィスの剣を持つ右手が高々と振り上げられた。
「突撃せよ!」
エジプト人は疾風のごとく前進した。

ハザス将軍も合図した。
「突撃!」
迫ってくる敵を待ってはおらず、ヒッタイト人も前進した。

轟音が響く。砂塵が舞い上がる。大地が震動する。
二つの軍は正面衝突した。

馬がけたたましく嘶き、血戦の始まりを告げた。戦車が雨のように矢を放った。すべての武器が殺意の咆哮をあげ、血しぶきが飛び散り、叫び声と悲鳴がこだました。

圧倒的な勢いで攻めまくるエジプト軍であったが、ヒッタイト側も絶大な武力を発揮した。
攻撃と反撃がくり返され、勝利と敗北が流転し、生と死がめまぐるしく入り乱れ、熾烈な戦闘がおこなわれた。

王とその親衛隊は、敵陣の中央に突入していた。
「王を倒せ!」
「メンフィス王を殺せ!」
ヒッタイト兵らの攻撃はエジプト王に集中したが、一斉に向かってくる敵国の兵をメンフィスは流れるような剣さばきで叩き切った。槍兵の突きをかわし、すかさず相手の胸板を深々と刺し貫き、剣が抜けなくなると、死にゆく相手から槍をもぎ取って縦横にふるい、次々と敵兵を葬っていった。
王の付近で、ミヌーエも多勢のヒッタイト兵を打ち倒していた。猛将と名を馳せるミヌーエを討とうとヒッタイト兵らがまわりを取り囲んだが、彼は長大な剣を握り、群がる敵を一刀両断にしていった。

各所で壮絶な闘争が続いていた。両国とも死力を尽くして戦った。勝敗の行方はなかなか見えなかった。メンフィスとミヌーエには絶え間ない猛攻撃が加えられた。

ヒッタイト兵がメンフィスに、馬ごと体当たりをくらわせた。どうっと倒れる王の馬。地面へ投げ出されるメンフィス。そこへ矢が飛来するも、ミヌーエの剣により、空中で真っ二つにされた。
起き上がりざまにメンフィスは、敵の馬めがけて短剣を投げた。凶器は横腹に突き刺さり、馬が鳴き声をあげて暴れ回る。振り落とされた兵士はミヌーエが素早くとどめをさした。

メンフィスは再び馬に跨がったが、そのまま背を向けて走り出した。ミヌーエも馬首をめぐらせ、あとに続いた。

王と将軍はかかってくる敵兵を屠りつつ、戦線から離脱しようとしていた。見れば他のエジプト兵らもヒッタイト軍の勢いに押されて後ずさりしている。

「臆したか、メンフィス王!」
「逃がすな!」
ヒッタイト勢は追いかけたが、エジプト軍は戦場から少しずつ後退していった。




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