novel 1 


□愛の紋章 7
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 26 滅愛 @



対岸の隣国ヒッタイトからやって来た、花のように若く美麗な姫。
なれなれしくメンフィスに寄り添い、くちづけを交わし、妃になりたいと囁いていた女。
従者全員を毒酒で始末し、人知れず地下牢に連れ込んで監禁するも、死にもの狂いでそこを脱出し、アイシスに向かってきたミタムン王女。

「ヒッタイトの王女たるわたくしに、よくもこのような所業を! アイシス、許すまじ。そなたを殺してから国へ帰る。覚悟しや!」
「ふっ、愚かな…」
「死ね、アイシス!」
叫ぶなり短剣をかざし、憤怒の形相で突進してきた王女。
そんなミタムンに、アイシスは灯油を浴びせ、続いて何のためらいもなく火をつけた。

たちまちあがった、耳をつんざくような悲鳴。
燃え上がる炎の中でのたうち回る王女。
助けようと駆け寄ってきたものの、どうすることもできず、凄惨な光景に恐怖するキャロル。

「覚えていや、アイシス、そなたは死ぬ! 我が父がエジプトを攻め滅ぼし、そなたは死ぬ! そなたは必ず…必ず……死ぬ…!」

ありったけの呪詛を吐きながら焼け落ちた肉塊を見ても、これでメンフィスにまとわりつく女がいなくなったと、満足感しか湧いてこないアイシスであった……

甦った過去の場面を意識から追いやった時、野外で叫び声が聞こえた。

「王のお戻りだ!」
「王がご無事でお戻りになったぞーっ!」

エジプト陣営に広がる伝達。
兵士達が続々と集まり、ひざまずいて王を迎える。

アイシスは天幕の外へ走り出た。
ミヌーエはじめ数十の兵を引き連れて戻ってきたメンフィスを見るや、アイシスは一目散に駆け寄った。
「メンフィス、ああ、メンフィス!」
馬から降りた長身の王に体当たりするように抱きつき、アイシスは涙ぐんだ。

「ああ、メンフィス、よくぞ無事で!」
そして王の体を染めるおびただしい血の汚れに見入り、
「なんてひどい、どこか怪我をしたの!?」
「大事ない。心配いらぬ」
「イズミル王子はどうなったのです」
「……仕損じた」
「これからどうするつもりなの。まさかまだ戦を続ける気では…」
当然だという表情で、命令を発するメンフィス。
「我が軍の状況を報告せよ」
「ははっ」
王のもとに歩み寄るウナス。

メンフィスの傍らで、アイシスは口出しをやめなかった。
「本気でヒッタイトと戦をするつもりなの?、いったい何のための戦です?」
「知れたこと───キャロルを取り戻すのだ」
「またしてもキャロルのためにヒッタイトと戦をするというの? あんな娘のために…愚かしいにもほどがあるわ!」
しかしメンフィスはアイシスから離れ、側近達と天幕の中へ入っていった。

「ただいま第一軍と第二軍が集合しております」
軍団を率いるセト将軍とホルス将軍が恭しく述べる。
「各軍団の兵士、戦車隊とも、戦う用意は万全にできております」
「よし」
「ほどなく第三軍が到着予定。第四軍もこちらに進軍中」
「敵の数はいかほどか」
「一万八千の兵と二千の戦車、総勢二万というところでございましょう」
「我が軍とほぼ同数だな」
「ヒッタイト軍はおそらくこの地帯を拠点にすると思われます」
地図を広げ、告げられる情報。

キャロルの身柄をとらえているヒッタイトにとって、これは防御戦である。彼らが有利な場所に集結して陣地を構える前に攻撃をかけたい。

メンフィスは早々と決断した。まずはウナスを含めた少数の兵を偵察隊として先発させた。王の親衛隊にはミヌーエとその部隊を任命し、各軍団に等間隔を保って後続せよとの指示を下した。
「我々の王とナイルの娘のおんために!」
エジプト人は再び自国の神の娘を取り戻す戦いに身を投じていくのであった。




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