novel 1 


□愛の紋章 6
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 22 秘愛 @



和平交渉から一転、戦へとなだれ込んだエジプトとヒッタイト。
周辺各国も会見の行方に注目していた中、ふたつの大国は以前の友好関係を復活させること叶わず、全面対決という結果を迎えた。

海上でおこなわれた先の戦に対し、今回の戦場は砂漠である。ともすれば熱砂と炎暑に慣れたエジプト軍が有利に見受けられたが、すぐれた鉄製の武器を有し、陸での闘争において無比の強さを誇る大国ヒッタイトを侮ることはできない。





「……逃げられただと!?」
砂漠の片隅に集まったヒッタイト兵の集団。
その中心で、王子の声が轟いた。

ヒッタイトの屈強な兵士は地にひれ伏して詫びるばかりだった。
その兵士は王子からナイルの娘を預かり、いちはやく天幕を出るや、馬に乗せて連れ去ったのであったが、本軍のもとへ向かう途中、手綱を握っていた手指を娘に噛みつかれた。
娘はさらにありったけの力で彼を突き飛ばし、馬から落下させた。
馬は驚いて方向を変え、キャロルは馬首につかまって、そのまま走り去っていったのだという……

イズミルは拳を固め、険しい表情で遠くを見やった。
キャロルは馬を操れない。この広大な砂漠の真ん中で方角もわからぬはずだった。
いずれ馬が足を止めても、彼女はその場で何もできない。ぎらつく太陽と果てしなく続く砂の地に放り出されれば、水も持っておらず、たちまち衰弱するのは目に見えている。

最も悪いのはエジプト軍に発見されてしまうことだった。キャロルをメンフィスに返すつもりはない。王が彼女を取り戻す前に、早く見つけなければ!

「探せ、四方八方、徹底的に! なんとしてもエジプト軍より先に捕らえよ!」

さらにイズミルは腹心の臣下を呼んだ。
すみやかに進み出るルカ。

「行け」
ルカならキャロルは安心して姿を見せ、おとなしく従うだろう。
青ざめた顔で主君に一礼した後、馬に跨がり、ルカは早急に駆けていった。

(逃がさぬぞ───キャロル)
逃げ惑う少女の姿を思い浮かべながら、イズミルは胸中で語りかける。

(無駄な抵抗はやめるがいい)
(私は絶対にそなたを逃がしはせぬ)





対するエジプト側───

「申し訳ありませぬ!」
キャロルを発見できなかったミヌーエは王の前でひざまずき、頭を垂れていた。
メンフィスは彼の兵に向かって高らかに述べた。
「キャロルをヒッタイトから奪還する!」
王の言にこぞって賛同するエジプト兵たち。

メンフィスは砂丘のかなたを見つめ、胸に誓っていた。
(必ず助ける、待っていろ、キャロル)
(イズミルを殺し、ヒッタイトから救い出し、必ずエジプトに連れて帰ってやる)
(ヒッタイトでどんなことがあったのだとしても、そなたはエジプトの王妃、私の妻に変わりはない!)





会見場で勃発した乱闘を生き延びた両国の兵士達は、それぞれの軍団と合流し、本格的な戦闘準備に入った。

そして───
いまや二国の争いの明確な目的となった少女は、荒涼たる大地の上を、その身ひとつで懸命に逃走していた……




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