短編

□好きな匂い
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早朝、ふと覚醒しかけた瞬間、ふわりとコーヒーの香りが鼻を掠める。

あ、いい匂い……と寝ぼけ眼で、手探りにそれに手を伸ばした。

抱きつくと、香りは強くなった。ああ、私が大好きな香りだ。大好きな人の、香り。……そういえば、昨日は暁の家に泊まったんだっけ。


「楓」

「ん、もうちょっと……」


大好きな人の優しい声が、私の名前を呼んでくれる。それだけで、こんなにも幸せな気分になってしまう。恋って怖い。

存在を確かめるように擦り寄ると、暁は壊れ物を扱うかのように、そっと抱きしめ返してくれた。


「暁の匂い、する」

「俺の匂い?」

「うん……コーヒーと、柔軟剤の……優しい、大好きな匂い」


そう言うと、暁は小さく笑って抱きしめる力を少しだけ強くした。

それに応えるように、私も抱きしめる腕に力を込める。


「その人がいい匂いだと感じるのは、本能的に好きな人だから、って聞いた事あるな」

「ふふ、じゃあ当たりだ」

「そうだな」


お互いに顔を見合わせて、にこりと笑みを浮かべる。ああ、本当に幸せな時間だ。

モルガナは気を使って、双葉の所に泊まりに行っている。家を出て行く際、ニャフフと意味深な笑いをしていたのを思い出した。


「楓、そろそろ」

「うん、マスターがお店を開けに来る時間だね」


名残惜しいけれど、そろそろここを出なくては。

そう頭では分かっているのに、暁の背に回した腕を離したくない、と思ってしまっている自分が居る。もう少し、このままでいたい。

すると、暁は少しの沈黙の後に口を開いた。


「……やっぱり、もう少し傍に居てくれ」

「いいの?」

「ああ、まだ楓の充電が足りない」


目を細めて悪戯っぽく笑う暁。眼鏡をしていないから、暁の瞳が良く見えてドキドキしてしまう。

そんな思いを隠すように、暁の胸元に頬を寄せてみせた。


「あったかい」

「そうだな……」


この時間が、ずっと続けばいいのに。

暁は、もうすぐ地元に帰ってしまう。家族が地元で待つ暁に、行かないでなんて、言えなかった。言ったらきっと、困らせてしまう。


「暁……私の事、忘れないでね」

「勿論。忘れるわけがない」

「よかった」


震える声で伝えると、暁は私の額に唇を落として優しく微笑んだ。

そうだ、少し離れて暮らすくらい、なんでもない。暁が出所するまで待てたんだから、このくらい。私達の関係が終わるわけじゃないんだ。


「暁、大好き」

「……俺は愛してる」

「ふふ、張り合わないでよ」

「負けず嫌いだからな」


二人で笑いあい、そっと瞼を閉じた。



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