短編
□たまには
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私の兄は、凄い人だ。
コーヒーを入れている兄さんの前のカウンター席に座り、兄さんを見上げる。あ、コーヒーのいい香りがしてきた。
「兄さん、また定期試験で学年トップだったの?」
「たまたまだ」
「そんな謙遜して……。でも、本当に凄いよ。おめでとう」
「ああ、ありがとう」
昔から、兄さんは頭がいい。難しい問題だって、すぐに解いてしまう。
見せてもらった満点の試験用紙を見つめ、小さなため息をついた。
勉強は勿論のこと、スポーツや料理だってお手の物。非の打ち所がない、とは正にこの事だ。……私とは、違う。
「楓、何か悩み事か?」
「え? あ、ううん、大丈夫。ありがとう」
兄さんは人をよく見ている。
文武両道に加え、人柄も良く、仲間からも心から信頼されている。ああ、学校でくだらない噂をしている人達に、実際に一度兄さんの中身を見てもらいたい。
だって、ほら。今も、眼鏡の奥のグレー掛かった瞳は、逸らす事無く見つめてくる。そこには、心配の色が伺えた。
兄さんは、本当に優しい。
本当か? と聞く兄さんに、小さく頷いてから一度視線を逸らし、首を少しだけ動かして辺りを見回す。
「そういえば兄さん、モルガナは?」
「モルガナなら、双葉のところだ」
「そっか。あの二人、仲良いよね」
「そうだな。……はい、コーヒー」
「わ、ありがとう!」
コーヒーが入ったカップを置かれ、思わず笑みが零れた。
兄さんが入れるコーヒーは、魔法が掛かっているみたいに凄く美味しい。勿論、惣治郎さんが入れたコーヒーも。
エプロンを畳みながらカウンターから出てきた兄さんは、微笑みながら私の隣に腰を下ろした。
「楓、前まではコーヒー飲めなかったのにな」
「ふふ、そうだね。ここに来てから、かな」
「美味しいか?」
「うん、凄く美味しい」
そう言うと、兄さんはホッとしたように、よかった、と綺麗に微笑んでみせた。
「……あのさ、兄さん」
「なんだ?」
「…………完璧に、ならなくていいからね」
「……?」
コーヒーのカップを静かに置いて、隣に座る兄さんを見た。
兄さんは不思議そうな顔をしながら小首を傾げている。
「あのね、その……あまり上手く言葉に出来ないんだけど…………兄さんも、私の事頼っていいんだからね、ってこと、です」
「楓……」
「兄さんはさ、何でも出来る。……何でも、出来ちゃう。その上、兄さんは優しくていつも誰かの為にって動いてるでしょ。皆、そんな兄さんについ甘えちゃうんだ。恥ずかしいけど、私も。でも、そしたら……兄さんが疲れちゃう。だから、ええっと…………」
ああ、もっと国語を勉強しておくべきだったな。そしたら、もっとスムーズに言いたい事が言えたかもしれないのに。
上手い言葉が見つからず、視線を少し落としながら詰まっていると、ポンと頭に兄さんの大きな手が乗った。
驚いて兄さんに視線を戻すと、柔らかい笑みを浮かべて私を見ていた。
「ありがとう。じゃあ、そうだな。たまに、楓に甘えてもいいか?」
「も、もちろん!」
兄さんは私が言いたい事を察してくれたようで。凄いな、なんて思いながら大きく頷いた。
頭に乗った兄さんの手は、そのまま優しく撫でてくれた。あれ私、今逆に甘えてない?
頭を撫でるのを制止する声を出すが、兄さんはニコニコとしたまま聞こえないフリをしている。
そんな兄さんを見て、嬉しそうだからいいか……と諦めて小さくため息をついた。
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(ちなみにモルガナと双葉ちゃんがルブランに入ってくるまで続いた)