短編

□祟り寺の子
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飛び出した奥村くんは、勝呂くんの前へ出ると、そのまま蝦蟇に体を飲まれてしまった。


「おい!!」

「きゃああ!」

「燐!」

「奥村くん!」


助けようと下へ降りようとしたその時、なんと蝦蟇が恐る恐ると言ったように奥村くんを口から離したではないか。

何が起きたのか、全く分からない。奥村くんを襲ってから、蝦蟇は怯えたように体を硬直させてその場に待機をしている。まるで、奥村くんを恐れているかのように。


「……何やってんだ……バカかてめーは!!」


そう言いながら、膝をつく勝呂くんに振り返る。


「いいか? よーく聞け! サタン倒すのは、この俺だ!!!! てめーはすっこんでろ!」


と言い放った。

あまりの堂々とした姿勢に、奥村くんから目が離せなくなった。

そんな奥村くんに、混乱しているかのようにどもりながらも、勝呂くんは立ち上がり「バカはてめーやろ!!」と怒鳴り始めた。


「死んだらどーするんや! つーか、人の野望パクんな!!」

「はあ!? パクッてねーよオリジナルだよ!!」


始めてしまった喧嘩に、再び志摩くんと三輪くんが喧嘩を止めるために下へ降りていくのを見送り、小さく溜め息を吐いた。よかった。

しかし、なんで蝦蟇は……。

眉根を寄せ、下にいる奥村くんを見た。なにか、奥村くんにあるというのだろうか。

考えても分からないそれは、奥村先生が出てきた事によって結局あやふやに終わった。


――


授業が終わり、水道で手を洗いながらぼんやりと今日の事を思い返していた。

すると、ジャリ、と誰かが歩く音が聞こえ、ふいとそちらを見やる。

そこには、タオルを片手に立っている勝呂くんの姿があった。


「……安本さんか」

「お疲れ様。怪我はない?」

「……おん、大丈夫や」


勝呂くんは少し視線を逸らしたあと、私の隣に立ちタオルを水で濡らし始めた。

しばらく、お互い無言のままの時間が流れる。なんだこれ、気まず。

蛇口を閉めて、洗い終わった手をタオルで拭きながら「じゃあ、またね」と声を掛けて立ち去ろうとした。しかし、


「あの、安本さん」

「どうしたの?」


勝呂くんに呼び止められ、足を止める。


「……さっき、ありがとぉな」

「? 私なにかしたっけ……?」


勝呂くんからの突然のお礼に、首を傾げて自分の行動を思い返す。

喧嘩の仲裁も、蝦蟇から助けた訳でもない。え、なんだろう、分からない。


「蝦蟇に襲われそうになった時、声掛けてくれたやろ」

「あ、ああ〜、あれかぁ」


そうだ、確かにあの時、勝呂くんに逃げろと声を上げた。

なるほど、それでお礼を言ってくれたのか。なんて律儀なんだろう。これは志摩くんがクソ真面目と言っていた理由が判る。

そうか、あの時の私の声は勝呂くんに届いていたのか。あの状況で、あまり話したこともないのに私の声だと判断してくれたのも、なんだか嬉しいと思う。


「安本さんの声が無かったら、多分後ろに下がるのも遅れとった」

「そんな、とんでもない。……でも、それで勝呂くんの役に立てたなら嬉しいな」


怪我がなくてよかった、と続ける。

すると勝呂くんは再びお礼を口にして、「呼び止めてすまん、それだけや」と言った。そして意地の悪い顔になったかと思うと、


「応用問題、頑張りや」

「ええ、今それ言う?」


まさか、自分の小テストも見られていたというのか。恐るべし。

お互いにケラケラと笑って、「またね」と言ってそのまま私はその場を後にした。

勝呂くんは、見た目は厳ついけれど話してみると中々話しやすい人なのかもしれない。



(また話す機会あるかな)
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