妄想話
□MILK
1ページ/1ページ
大学のサークルでの花見企画。
たまには顔くらい出せと友人にしつこく誘われ、仕方なしにやってきた広めの公園では家族連れや社会人、友人連れなどが日も高いうちから賑わっていた。
大勢の中から、ようやく見知った顔のいる団体を見つける。
その周りには思いの外、多くの学生たちがいた。そう言えば去年入って来た新入生たちの顔もまともに知らないなあ、なんて呑気に構えながら近づいていくと。
「スンヒョン先輩!」
その中の一人の青年に声をかけられた。
「来てくださったんですね!よかったあ。」
決して愛想が良いとは言えない性格の俺。
自分がそうだからか、やたら馴れ馴れしい、世に言う「気さく」な人間が得意ではなかった。
でも不思議とその青年には嫌悪はなく、むしろ笑顔が可愛いとさえ思ってしまった。
「あの、知り合いだっけ?」
そう尋ねると、青年は忽ち眉を下げ顔こそ笑ってはいたがあからさまにショックを受けている様子。
「…覚えてませんよね、会ったの一年くらい前ですもん。僕、一方的に先輩に憧れていたんで嫌な気分にさせてしまったらすみません。」
そう言って頭を下げられ、俺は慌てて否定をした。
「違うよ、そんなつもりじゃない。久しぶりに顔出したから俺こそ失礼なこと言って」
「そんな、いいんです!気にしないでください。」
茶色の髪をふわふわ揺らしながらまた笑顔に戻った青年。
春の柔らかな日差しと相まって一段とキラキラして見えた。
「席、空いてるかな…」
大勢が円座になっているブルーシートの上はすでに隙間はなく。
「いいよ、すぐ帰るし」
「…帰っちゃうんですか」
またショボンと眉を垂らす。
なんだこの愛玩動物みたいなかわいさ。
さっきからこの子、俺の好奇心をガンガン揺さぶってくる。
「あ、いや、せっかくだから一杯くらい飲んで行こうかな」
「そうしましょう!僕…」
青年が言いかけた瞬間、
「スンヒョン!こっちこっち!」
見知った顔の友人が円座の中から手を挙げていた。
「お前のために酒とっといたぞ」
そう招き寄せられ俺も円座の中へ腰を下ろして後ろを振り返ると、あの子も違う友人に腕を取られ腰を下ろそうとしているところだった。
久しぶりに会う友人達との会話も弾み、酒も進んで俺なりにその場を楽しみ始めた頃。
ふとあの子がいる方に視線をやると。
「もー、大丈夫だってばあ」
あれ?なんだかさっきと様子が違う。
よく見ると顔も耳も、首元まで真っ赤。
「テソン!ちょっとピッチ早いって!水飲め!」
近くにいる友人らしき男が声をかける。
「やだあ、ん…なんか暑くなって来た。」
そう言うや否や着ていたパーカーを脱ぎ出そうとする。パーカーの裾から生のお腹が見えて一瞬俺の心がざわめいた。おいおい。
危なっかしくて見ていられない。
しかも静止しようとしていた男があの子の肩を抱き、耳元で何やら囁いている。
おい、ちょっと待て。近すぎるだろ。
「んふふ、くすぐったあい。」
そんな事まるで意に介さないようにあの子は楽しそうに笑っている。
見れば見るほどあの子のやんわりした表情と口調。ぽってりしたピンク色の唇、そしてキラキラと笑う可愛らしい笑顔。
益々隣の男に下心があるんじゃないかと訝しんだ。
俺はいつの間にか、目の前で酔って大声を上げている友人達より少し離れた場所にいるあの子のグループが気になってしまい、ついつい耳をそばだて様子を伺う。
「ねえテソン、ここ抜け出さない?」
「えー?」
「二人で桜でも見に行こうよ。良かったらお酒も奢るからさ」
「んー、でも僕…」
その時だった、真っ赤な顔したあの子がパッと此方を見たのだ。
俺もあの子を凝視していたので当然視線が合い、胸がドキリと鳴った。
何も考えず立ち上がった俺は一目散に駆け寄る。
「ねえ、さっき約束しただろう?俺と桜見に行こうって。」
過去に何度も女の子を落としてきた、その友人へ見せつけるような自信を湛えたキメ顔であの子を見つめると。
「へ…」
立っている俺を座ったままのあの子は、相変わらず赤い顔して見上げてきた。
「ほら、行くよ?」
手を差し伸べると、僅か躊躇しながらも俺の手を取ってくれた。
その手をぐっと引き寄せ立ち上がらせる、そのまま腰に手を回し促すようにサークルのメンバー達の中を二人で抜け出した。
気がつくともうすっかり薄暗くなり、人もまばらになってきた公園。
まだ各所で宴会は続いているようだったが、酔いが回っているのか誰も他の事など気にしていない様子だった。
「酔ってるの?大丈夫?」
「…はい、僕弱くて…」
「じゃあ飲んじゃダメだろ。」
公園の奥へと続いている道を二人でゆっくり進んでいた。
時々吹くそよ風に桜の花弁が舞いなんだかロマンチックな雰囲気。
「どうして…どうしてそんなに心配してくれるんですか…僕のこと、覚えてない癖に」
「ん?」
あの子の方を向くと地面をじっと見つめて俯いていた。
「去年、新歓コンパの時に…」
新歓コンパ…そう言えば去年それに出たきりまともなサークル活動何も参加してなかったな俺。
「勿論君もいたんだよね?」
「やっぱり覚えてない…」
「何?ちゃんと説明してよ」
俺にとってはどう考えても初対面なのだが、どうやらそうではないらしい。
「僕が他の先輩に飲まされすぎて、あの、酔うと訳わかんなくなっちゃって、気をつけてるんですけど、それで、その日も潰れちゃって…」
一年前の事を一所懸命俺に説明してくれている最中だが、今日も漏れなく飲み過ぎなようで足元が時々フラついて危なっかしい。
「寝ちゃったみたいで、それで、目が覚めたら…」
ふと立ち止まり俺の方を赤い顔で見上げてきながら、ウルウルした目で語りかけてくる。
「スンヒョン先輩の、腕の中で…」
「えっ?!!」
「腕枕して…抱きしめてくれてたんです…でも僕、お礼も言わず、恥ずかしくって…そのまま帰っちゃいました。それから次はいつ会えるかなってドキドキしてて…でも先輩、全然サークルには来ないみたいだったから」
ちょ、ちょっと待て。
マジで記憶にない。
新歓コンパ…確かにあの日は物凄く飲みすぎた気もする。とは言え酒で記憶をなくす事なんて今まで無かった、はず。
増してこんな子を抱いて寝ていたなんて、絶対に忘れないはず!
思い出せ!俺!
「きっと、先輩も飲みすぎて忘れちゃったのかもって…でもどうして、どうして抱きしめてくれたんだろうって…」
「ごめん、やっぱり覚えてないみたい…酒で記憶ないなんて情けない…」
しかし、一年前の俺だとしても酔いつぶれたこの子を前にしたら抱きしめてしまうのは何となく納得できた。
少し先に小高くなった丘の上へと続く階段が見えた。なんとも無しにそちらの方へ歩みを進めながら、俺は気になった事をそのまま聞いてみた。
「でも、どうしてそんなに俺のこと…しかもさっき、憧れてたって言ってくれたよね。」
フラフラしているあの子の足取りに気遣いつつ、階段をゆっくり進んで行く俺たち。
「そ、それは…」
いちいち俺の言うことに赤い頬をさらに赤らめる可愛い子。
「先輩、人気者でかっこいいから、初めて見かけた時から知り合いになれたら嬉しいなあって思ってて」
え?!なになになになに!
告白めいた言葉に心臓がドキドキしてきた、苦しい!しかも、嬉しい!
「でも、やっぱり覚えてなかった…僕なんか、覚えてないですよねえ…」
たどり着いた丘の上には小ぶりな桜の木があった。小ぶりだけど正に満開を迎えその姿は絢爛だった。
それと対照的に、その木の前に立ち肩を落として意気消沈気味のあの子。
「ごめんね…」
本当に素直にそう思った。
あの時君をきちんと忘れずにいられたら、これまでのこの一年はどんな時間になっただろう。
「でも今からは絶対に忘れない。約束する。」
そう告げると穿たれていた頭をパッと上げて
俺の顔を見る。
「本当…ですか?」
「うん。でも出来れば」
今思うと、この時は俺も昼間の酒が回っていたのかもしれない。
向かい合って立つあの子の腰を抱き寄せると急に縮まる二人の距離。
まん丸に見開かれたその小さな瞳。
もう何も考えられない、そのピンクの厚めの唇に吸い寄せられるように近づく。
と、その時
「ちょっ!!なにするんですかっ!!」
全力で体を押し返され思わず唖然と目の前の顔を見ると、あの子がゆでダコみたいになって両手で俺の胸を突っぱねていた。
「何って、キス。」
「なんでっ?!!」
俺を拒絶する両手の力は全く緩める気配はない。
「…惚れた。多分、一年前から。思い出せなくてごめんね。でもきっと一年前の俺も同じ気持ちで君を抱きしめてたんだと思う。」
「ふえ…」
今度は突っぱねていた両手で顔を覆い泣き出してしまったあの子。
「泣かないで。…てっきり両思いになれたのかと思ったから。」
少しの間涙が止まるのを待つとあの子がかすれ声で話し出した。
「…今はやです。」
「なんで?!」
思わず食い気味に叫ぶ俺。
「だって…また忘れちゃうかも。僕も先輩も酔っ払いだから…」
なんて可愛い事をさらっと言うんだこの子は!
「大丈夫!」
「大丈夫じゃない!」
「今度は大丈夫!」
「なんでそんな…んっ」
御託を並べる可愛い唇をさらうと、あっという間に力が抜けてしまいフニャフニャになるあの子。
「んん…」
酔ってるとは言えこんな無防備で可愛くて大丈夫なのか?色々心配、でも今は蕩けそうなその唇を無くなってしまうまで味わい尽くしたい。
「んふ…」
どちらのものか分からない熱い息だけ聞こえる。苦しくなって、ちゅ、と最後に吸って唇を離した。
「…そう言えばさ」
トロンとした眼差しで見上げる瞳。
その潤んだ瞳と上気した頬は酔っているから?それともキスのせい?
「まだ、名前も聞いてなかった。」
「…カン、デソンです。スンヒョン先輩…」
「テソン…もう絶対忘れるなんてしない。こんなに可愛い人、忘れられる訳ない。」
夜桜は花弁を散らせながらも悠然と俺とテソンを見下ろしていた。
END
−−−−−−−−−−−−−
とにかくテソン君を可愛くしたかった。