妄想話

□彼氏と彼氏の事情➁
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数ヶ月前まで殺風景だった部屋のキッチンに立つ、エプロン姿のテソン君は本当に天使みたい。
そんな後ろ姿をテーブルから頬杖をついて眺めていた。

〜♫

鼻歌まで可愛い。彼の体から発せられるものは全てキラキラと光り輝いてるように思う。
こんなに可愛い人が俺の恋人だなんて、生きてて良かったあ。

「スンヒョンさん、お腹空きました?」

「うん!」

「ふふ、もう少しだから待っててくださいね〜」

「テソン君、午後からどこか行きたい場所ある?」

二人の休日が重なる日曜日はテソン君の手料理でランチを楽しんでから、どこかへ出かけると言うデートコースが定番になりつつある。

「…うーん」

持っていたおたまを口元に当てながら動きを止めたテソン君。何か思案しているよう。

「この前観たいって言ってた映画は?」

「うーん…」

あれ?張り切って提案した映画デートだったけどあまり乗り気じゃない様子。

「体調、あまり良くない?」

「そうじゃないです。あの…」

「何?何でも言って欲しいな。」

俺がそう告げるとテソン君はコンロの火を止めて、キッチンから俺が座るテーブルへ移動して来て向かい側に腰を下ろした。
いつもと少し違う雰囲気のテソン君に俺も密かに背筋を伸ばした。

「あの、スンヒョンさん。」

「何ですかテソン君。」

「その…僕たち恋人同士、ですよね?」

「え、うん、え、そのつもり…だよ?」

話の意図が読めなくて曖昧な言葉を返してしまう。

「恋人同士って、手を繋いだり、ひとつのケーキを二人で食べたり」

ケーキ?何だよ可愛いかよ。思わず頬が緩んでしまう。

「そ、そうだね」

「あと、イチャイチャして…ちゅうしたり、エッチとか」

「ぶえっ…?!!!!」

テソン君の口から飛び出した直接的な表現に動揺して、変な声が出た。いや、俺だって男なのだから勿論日常的にテソン君とのそう言う行為を妄想したりはする。
でも何て言うかテソン君は天使だから!いずれ来るその時までは焦らず急かさず、大人の余裕を持って決して欲情すまいと交際が始まったあの日に固い誓いを立てたのだ。

と言う訳で俺たちのお付き合いは未だプラトニック、時々香って来るテソン君の体臭の誘惑と戦う日々なのだ。

そんな俺の心情を知ってか知らずか、尚もテソン君は話を続けた。

「スンヒョンさん…どうして僕に触らないの?僕じゃダメですか…?付き合うって言ってもやっぱり男同士だから?デートも楽しいですけど、もっと近くに行きたいです…」

控えめだけどその言葉は強く俺の心臓を揺さぶった。テソン君は膝の上にきちんと両手を合わせて乗せて、俯きながらそれでも一所懸命伝えてくれているのがわかった。

「ごめん…そんな風に思わせてたなんて」

テソン君は見た目の可愛らしさだけじゃない、その笑顔が輝くのも内に秘めている芯の強さや思いやりを持ち合わせているからだ。
俺も彼に相応しい人間にならないと。

「そうじゃなくて、その、テソン君が大切すぎて焦りたくなかったんだ。俺達の繋がりをきちんと作っていきたい。」

「スンヒョンさん…」

パッと顔を上げたテソン君の瞳は少しだけ潤んでいるよう。

「これからはもっと近づいていいの?止まらなくなるかも、俺。」

「ふふ、嬉しいです。」

ふわりと笑んだテソン君は天使そのもの。
こんな子を自分のものにして、好きなようにして良いなんてどんだけ前世で徳を積んだんだよ俺!

「あの、それでなんですけど、良かったら今日はお家で過ごしませんか?イチャイチャ…したいです。」

やっ、やばいいいい!
可愛い!絶叫したい!テソン君が大好きだと絶叫したい!

「当たり前だろ!むしろ嬉しい!イチャイチャしましょう!」

わあい、とこれまた愛らしいリアクションをして胸の辺りで手を合わせて小さく拍手しているテソン君。可愛いが過ぎる。





その日のランチはテソン君が只今練習中のハヤシライス。俺にとっては至極の一品だったが本人はまだ満足していないようだった、それから俺の提案でソファに並んで二人でテレビゲームをした。
肩を寄せ合いながら声をあげたりハイタッチしたりして俺達の距離はぐっと近くなったよう。

「…。」

チラ、と隣のテソン君を盗み見る。
コントローラーを握って画面に夢中な彼の、ピンク色で肉厚な唇に夢中な俺。
コントローラーを握りしめ、共に一喜一憂するフリをして俺の頭の中は「キス」の2文字でいっぱいだった。
そりゃそうだ、つい先刻あんな告白をされ文字通りのイチャイチャを実践し、ましてここは俺の自宅。二人を邪魔するものなんて何も無い。

「イチャイチャしたいです」
テソン君が言うイチャイチャがどのレベルかはわからないが、ああ宣言して自宅デートを申し込んで来たのだからある程度許してくれていると取ってもそれは自己責任だろう。

「スンヒョンさん!全然集中してないでしょ!」

そう言われて意識が眼前のテソン君に戻る。

「もう」

そう言い尖らせたテソン君の美味しそうな果実みたいなその唇。

キス。

その2文字しかもう頭になかった。

「テソン君」

「え…」

並んで座っていたテソン君の肩に腕を伸ばしぐっと引き寄せる。
見つめ合う視線をお互い離せずにいる、このまま、後数センチでテソン君の唇に俺の唇が…

「…っくしゅん!わっ、ごめんなさい!」

あっという間に肩に回された俺の腕を振り払いティッシュの箱へ手を伸ばすテソン君。
多少乱暴なくらいの強さで俺の顔面を拭ってくれた。

「わー本当にごめんなさい!」

「いや、大丈夫。全然平気」

鼻水だろうが唾液だろうがテソン君から発されたものなら喜んで全身で受け止めたい。
ただ、神がかり的にキスのタイミングで繰り出されたクシャミ。
思わず「嘘だろ…」と小さな独り言を漏らした。

「ちょっとゲーム休憩しましょうか、お茶いれますね」

ニコッと笑って立ち上がりキッチンへ向かってしまったテソン君。
今世紀最大のチャンスを掴み損ねた俺は小さく肩を落とした。

その後夕食を二人で作ろうという事になり、スーパーへ出かけた。その帰り道、テソン君がそっと俺の袖を掴んで来てキュンキュンし過ぎて気絶しそうになった。何としても今日中にその唇を奪いたいよ。

「上手、上手〜じゃあ次はスープ用の玉ねぎ切りましょう〜」

手狭なキッチンに男二人が立つとさすがに窮屈だったが時々肩がぶつかったり、手を取り教えてくれたり俺とテソン君の間に流れる空気がとても穏やかで、この時間こそ全てな気がしていた。

「スンヒョンさん、ケチャップって冷蔵庫?」

「うん、手前にあるはず」

「はあい」

わずかな距離だけど離れてしまったテソン君の体温が無性に恋しくて。

どん。

「へっ…」

頭より先に体が動いていた。
冷蔵庫の前に立つテソン君がこちらを振り向いた瞬間、俺は冷蔵庫のドアに手をつきテソン君の動きを封じる。いわゆる壁ドン。

「スンヒョンさん…」

「テソン君、目、閉じて…」

完全に視点はピンクの厚めの唇にロックオン。
少しの動揺を滲ませた瞳をそっと伏せるテソン君。

ついに、この時が。

ゆっくりと角度をつけて距離を縮める。

ああ、テソン君の唇。それが俺のものになるんだ

ブシューーーッ!!

「わっ!大変!」

ガスコンロの方へ目を向けると、沸騰した鍋が吹きこぼれていた。
慌てて火を止めに走り去ったテソン君。

「嘘だろ…」

一人冷蔵庫のドアに手をつき取り残された俺、今度は盛大なため息が出てしまった。
そんな俺の胸中を知ってか知らずか、テソン君は何事も無かったように調理を再開していた。

駄目かもしれない、今日は諦めろときっと見えない大きな力が働いているんだ…せっかくテソン君からのイチャイチャフラグが挙げられたというのに、自分の間の悪さが嫌になる。

二人で完成させた夕食、テソン君担当のオムライスと俺担当のコンソメスープ。
味はもちろん何割か増しで美味かったが、スープを啜りながら微妙な気分だった。

「スンヒョンさんのスープ美味しかった」

「言われたまま切っただけだよ、味はテソン君のお陰。」

「片付けたらそろそろおいとましようかな。」

「いいよいいよ、二食も作ってもらったんだから片付けは任せて。送ってくよ」

「大丈夫です!すぐそこですし。じゃあお言葉に甘えて、片付けお願いします。」

「そう…わかった、また連絡するね」

「はい、待ってます。」

帰り支度をさっさと済ませたテソン君が玄関へと向かい、俺はその後を追うように付いて歩いた。

「気をつけてね、本当に一人で大丈夫?」

せっかくの二人の時間を失意で台無しにしてしまわないよう、出来るだけ笑顔を作って靴を履こうとしているテソン君を見つめる。

「はい、僕も男ですよ?」

「知ってる」

「スンヒョンさん」

ドアの前でテソン君が振り向いた。
と、次の瞬間


ちゅっ



俺の両肩に手を置いて、少し背伸びをしたテソン君。
驚きのあまり瞬きを忘れ目を見開いた俺の目には、至近距離に見えるテソン君の顔面。

そして唇には温かくて柔らかな感触。
それがテソン君の唇だと認識できたのはテソン君が俺から唇を離した後。

「テソン…君…」

「スンヒョンさん、今日はありがとう。スンヒョンさんを好きになってよかった」

耳を真っ赤にして俯きながら小声でそう告げて来たテソン君は恐ろしく可愛かった。

「では、また。お店で待ってますね」

パタン。

「…う、嘘だろ」

本日三度目のこの台詞は、正に三度目の正直でテソン君とのファーストキスの余韻が残る口から、喜びのため息と共に一人残された玄関に響いた。


ファーストキスはテソン君からのサプライズでした。






END




−−−−−−−−−−−−ー


テソン君、真性の小悪魔だと思う
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