そして鬼は人と成る

□壱
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「や」
「帰れ」
「あはは、そう言うなよ愈史郎」
「気安く呼ぶな! 帰れ!」

目を吊り上げてくわっと威嚇する少年、愈史郎に挨拶として笑顔を返しておく。
気が向いた時にふらりと立ち寄って、彼が出てきた時はいつもこうしてちょっとした『じゃれ合い』をするのだが、愈史郎の熱さが毎回変わらないのが驚きだ。
そりゃあ折角の2人の時間を度々邪魔してしまうのは申し訳ないが、宿をとっていてはこちらの手持ちもなくなってしまうというものだし、なんとか妥協してはもらえないだろうか。

そうこうしているうちに奥から1人の女性が顔を出した。

「こら愈史郎、なぜそうすぐに大きな声をあげるのですか」
「申し訳ありません珠世様。(今日も珠世様は美しい……)」

珠世が愈史郎に声をかけると、愈史郎はそちらにキリッと向き直って素直に返事をするのがなんとも健気で可愛らしい。本人に言ってしまうとまず間違いなく牙を剥かれるので絶対に言いはしないが。

「珠世、今日も世話になっていいかな」
「構いませんよ。どうぞ中へ」

失礼するよ、と言って中に入る。本来この場所は血鬼術によって隠されているから見ることはできないが、術者の愈史郎は僕に場所を示してくれている。居所が変わればその都度何らかの方法でこちらに知らせてくれる。珠世の言いつけがないわけではないだろう、それでも僕を招いてくれるのは嬉しかった。

「珠世様の名を軽々しく呼ぶな……」

相変わらずこんな感じだが。

珠世は、鬼であり、女でありながら医者として生計を立てている。ただ純粋に腕がいいんだろう。誰にも分け隔てなく接し、優しく、美しい。愈史郎が入れ込むのも納得がいくというものだろう。それに彼にとっては病から命を救ってくれた恩人でもあるのだ。尊敬の念を込めていても何一つおかしくはないし、むしろ自然なことだと思う。

「また姿を変えたのですね」
「ん? ああ、ちょっと長く居すぎたかなと思ってね。どうかな、似合う?」

振り返ってこちらへ話しかける珠世の声はいたって穏やかだ。僕のような鬼にもそうやって接してくれるのは単純に嬉しいし、胸の奥にほわほわとした温かいものを残してくれる。言語化するのはなかなかに難しいけれど、とても大切な気持ちで、快い。
「ええ。とても」と返してくれる珠世に更にほわほわとしながら居間へと向かった。

今の僕は、茶みがかった黒髪の、青い羽織を着た細身の美丈夫といったところだろうか。群衆に溶け込めるように自然に擬態するのはなかなかに困難だ。
……なぜ自分で自分のことを美丈夫と言っているのかというと、まあ事実だからなのだけど。僕を生み出した者の容姿が非常に優れているのだ、それを映しとった僕の姿が整っているのも仕方がないというか。自分で自分のことを褒めちぎることほどこっぱずかしいことも無いが。



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