From this day

□クロロの世界にやってきた
2ページ/3ページ


「返事はくれないのか? オレは、お前に結婚を申し込んだんだぞ」
「クロ、ロ……」
 嬉しくて泣いているわけではなかった。喜べずにいる自分に絶望して泣いていた。クロロは、ただ泣き続ける私の首に黙って鎖を通す。貰う権利なんて私にはないのに。
「なあ、返事」
「っ、無理、です……」
「無理だと? なぜだ」
「……だって……私……」
 クロロの隣にいる資格ない。涙を拭いながら途切れ途切れに伝えれば、目の前にいるクロロの顔がくしゃりと歪み左手を取られた。
「馬鹿が……!」
 指輪同士が接触し、咄嗟に拒もうとした私の顎はクロロによって強引に掴まれる。無理矢理唇が合わされその熱い口内を感じた時、浮遊感と共に覚えた僅かな目眩は、きっと私の精神が定まらないせいであろう。ゆっくりとクロロの顔が離れていき、視界一面には割れたステンドグラスが眩く連なっていた。
「ここ、は……?」
「教会だ」
「教会……?」
 祭壇の十字は折られ見る影もない。射し込む光と鳥のさえずり。あとはもう何も、何も聞こえなかった。
「誓え。一生オレと共にいると」
「な、んで……」
 なんで、ここまでするのだ。私なんてお荷物でしかないのに。クロロがいなければ、何もできない役立たずな存在なのに。こんなことをされては頷きたくなるではないか。私は、クモにとって必要のない人間なのにどうして、どうしてこんなに気を持たせるようなことばかり言うのだ。いっそ今すぐクロロの手で殺してよ。そしたら幸せなまま死ねるから。
「なんで? それをオレに言わせるのか?」
「っ、私は……」
「オレがお前を選んだんだ、なぜそれがわからない。どうすればお前は納得してくれるんだ」
「ク、ロ……」
「愛してる。オレからこの台詞を引き出す女はお前だけだ。これ以上どう伝えればいい。お前だろ先に愛を説いたのは。責任取れよ頼むから……っ」
 ああ、あのクロロにここまで言わせて、私はなんて贅沢者なのだろう。
 最初は、一目でいいから逢いたかった。逢えたら、死んでもよかった。
 ある寒い年の瀬、奇跡が起きてクロロと出逢えた。初めて交わした言葉は今でも鮮明に覚えている。薄く形の良い唇から紡ぎ出される難解な台詞も、熱い口付けも、クロロの全てを知って一度、彼は私を残し帰っていった。淋しくて呼び戻した私に、時間の変更を命じ、またそこからたくさんの思い出を重ねた。以前より近付いた距離に、何度も伝えた愛は軽く躱され、けれどあの春の日ついにクロロと想いが通じ合ったのだ。能力向上は大変だった。制約も増えた。生まれ育った世界を捨て、生涯愛したただ一人の男についてきた。
 私は、誰よりも幸福だったはずなのだ。あんなにも、クロロが欲しくて欲しくてたまらなかったのに。


次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ