From this day

□クロロの世界の歩き方
1ページ/2ページ


「クロロって今いくつなの?」
「年齢か? 知っているはずだが」
「知らないよ。結局誕生日だって一度も教えてくれなかったし」
「三十一だ」
 何も持たせてはもらえなかった。いつもの休日、いつもの身支度。ただひとつ違うのは、もう二度とあの部屋には戻れないということ。
 財布、ケータイ、メイクポーチ、そして身分証。その全てが入ったバッグごと取り上げられ咄嗟に手を伸ばすも、それ以上は彼に対する裏切りだと知りおとなしく従った。満足したようなクロロの横顔を眺めつつ、端から見れば屈んで何をしているのかもわからない彼の準備をひたすら待ち続けていた。
「三十代のクロロも男前だね」
「それはどうも」
「五十代もめちゃくちゃかっこよかったし、ねえなんでなの? 奇跡なの?」
「……嫉妬されたいと捉えても?」
 準備を終えたクロロが立ち上がり、必死に引き締めていた頬をむにっと摘まれた。あと五分後に、私はここで爆発事故に巻き込まれるらしい。付近の防犯カメラ、各所への根回し、死体の偽装。なぜこの世界の人間ではないクロロがそこまでできるのだろうか。構造は同じだと言うが、いざ目の前でこうして犯罪を見せられるとなると、やはり思うところはある。
 唯一の救いは、他に負傷者を出さないよう手配してくれていることなのだが、私の代わりに用意したその一瞥すら躊躇うほどの焼け焦げた死体はどちら様なのか伺いたい。一体どのあたりの人種を抱き込んだのだろうか。よくある話では歯科医師や鑑識か。いや、きっともっとずっと多く、私では計り知れない巨大な力がようやくこの狂った計画を可能にしているのだ。まるで漫画のようなクロロの所業。これが幻影旅団のリーダーなのか。
「お前ってやつは」
「だって本当にかっこよかったから……」
「オレよりも?」
「わかってるくせに聞くんだね」
 じっとりと見下ろしてくるクロロに自分から唇を触れ合わせ、ようやくおさまった機嫌に額同士がくっついた。両手が取られ、クロロに握られ、一筋だけ涙が頬を伝う。
「時間だ」
「……うん」
「別れは済んだか?」
 今までの思い出が走馬灯のように駆け巡り、私は一気に能力を解放した。私が選んだのはクロロなのに、なぜまた思い出にしがみついてしまいそうになるのだろう。生涯ただ一人、誰よりも愛した男と今、次元も時空も超えようとしているのに。
「I promise. No matter how much time goes by, I love you.」
「いいの? そんなこと言って。それくらい私だって訳せるんだよ」
「望むところだ」
 刻みゆく時間に、今はもう身体への負担はない。僅かに顔を傾けたクロロから唇を塞がれ少しだけ視線を上げたら、どこまでも突き抜ける故郷の青空が見えた。指輪が重ねられ、何度も舌を割り入れるクロロを感じながら、そして、私たちは次元を超える。
 もう、二度と戻ることはないこの地に、別れを告げて。

 *

「よし、よくやった」
「ここ、は……?」
「オレの仮宿だ」
 辿り着いた先は、どこかのワンルームだった。ベッドと、本棚と、ローテーブルと、一人掛けのソファ。あとは何もない。いや違う、本棚に収まりきらない山のような本は散乱している。ここが仮宿。クロロのパーソナルスペースということか。
 彼は到着早々、自身のケータイと充電ケーブルを繋げ電源を入れていた。そして私はといえば、クロロの腕から自ずと離れ窓辺へと近寄る。
「うわー……」
 きっちり閉じられているブラインドの隙間へと指を入れ、少しだけ外を覗き見た。可愛らしい石畳の上に建ち並ぶ店の看板が、見慣れぬハンター文字である不思議な光景。道行く人々の多種多様な髪色が、決してこの地が日本ではないことを告げている。


次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ