From this day

□クロロの胸中、昇華の念
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 クロロと出逢い、再会し、もうこれで何度目の春を迎えたのだろうか。
 日課となっている早朝の修業を終え、いつもより入念に身支度をした。緊張した面持ちをしてはいないだろうか。無意識に握り締めていた手をほぐしつつ静かに窓を閉める。忘れ物もないようだ。
「クロロ。私今日、帰り遅くなるから」
 ドアノブに手を掛けながら振り返った。僅かだけ期待も込めてみたのだが、やはり本人からの反応はない。ここ数日のそれは特に顕著だった。横に積まれた有名作家の長編シリーズ。全何部作品だっただろうか。
「合コンなの。明日は休日だし、今日の修業は休んでもいいよね?」
 できる限りなんでもないことのように言った。聞いていないのか、それとも面倒だから返事をしないだけなのか。もう、クロロの顔が見れなかった。
「じゃあ、行ってきます」
 私は、ぬるま湯に浸かりすぎて忘れていたのかもしれない。触れ合えることは奇跡。違う、一目見たあの瞬間こそが本当の奇跡。
 ただ一度でいいから逢いたい。一度きりでいいから逢いたかっただけなのに、私はなんて……

 *

 家中が寝静まった午前二時。極力物音を立てないように帰ってきた私を出迎えたのは、主のいない真っ暗な自室だった。クロロは外出中なのだろう、少しだけホッとしたように息をつき、明かりをつけるため手探りでスイッチに触れる。
「随分お早いお帰りで」
 思わず上がりそうになった悲鳴を寸前で飲み込んだ。いないと思っていたはずの声がすぐ真横から聞こえた理由など、私が知る由もない。明かりをつける間際で強引に取られた手首は、痛いくらいに握り締められていた。
「出、かけて、たんじゃ……」
「今言うことがそれか? どこへ行っていた」
 強い痛みに顔が歪む。暗闇の中クロロの表情は窺えない。
「どこって……私言ったよ? 今日遅くなるって」
「遅くなる、ね。男を漁りに行く為に?」
「な……ッ」
 手首ごと壁に押し付けられ息ができない。それは他でもないクロロの初めて感じたオーラへの恐怖からなのか。カチカチと奥歯が震える中、頬にクロロの髪がかかる気配がして身体が強張った。
「こんな匂いつけて帰ってくるなんて。オレへの当てつけのつもりか?」
 首筋にかかるクロロの吐息。顔が見えなくてもわかるほどその声は怒気を含んでいて、もう立ってはいられないほどの重圧だった。こわくて、こわくて、声すらまるで別人のようで、それでも強引に掴まれている手首のせいで足に力が入らずとも座ることすらできない。
 こんなクロロ、私は知らなかった。
「ッッ嫌!」
 突如、服の中に入ってきた手で痛いほど乳房を握られた。そう、文字通り握られたといった表現の方が正しい。そこには一切の愛撫すらなかったのだから。
「やだクロロ! ほんとにやめて!」
「なぜ拒む?」
 中心を抓られ、首筋に立てられた歯に血の気が引いた。それは所有印を残すための行為でもなにもなく、ただガリッと皮膚を食い破り血液を吸い上げるだけの異常な行い。クロロの舌と唇が、躊躇なく傷口を開いていった。
「ああそうだ。お前には、この香りがよく合っている」
 痛みより、恐怖が勝った。
「ほんっと、にもう! 嫌ッだ、ってば!」
 こんな時に入るとは思っていなかった。だから私の方がしばし呆然としてしまう。だって、相手はあのクロロだ。こんな、念を纏ったとはいえ非力な平手など防ぐ手立てはいくらでもあるはずなのに。
「こんな……強引なのはヤダ……」
 流れる涙はどこからくるものなのか。一体何が悲しくて泣いているのかわからない。表情の見えない闇の中、彼の苛立ちのようなものが膨れ上がったことだけは、肌で感じた。
「ッ、クロ」
「本望じゃないのか、例え強姦でも。お前の目の前にいる男は誰だ?」
 胸元のボタンが全て弾き飛ばされ、そのまま犯された。濡れてすらいない私に、クロロは容赦などしてくれなかった。これまで幾度となく重なってきた身体。いつだってそこに愛なんてありはしなかったけれど、いくらなんでもこれは酷すぎるのではないか。
「なぜ、ッ……指輪を外していった?」
 気が遠くなるような激痛の中、聞いたクロロの声はひどく掠れていた。何も見えはしないけど、降りかかるその吐息に彼の想いが全てつまっているようにすら感じてしまうのは、私の小さな願望なのだろうか。




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