From this day

□クロロの興味の赴くままに
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「またか、お前」
「すみません……」
「今はお前一人の身体じゃないんだぞ」
「ちょっ……それ、ときめくからやめて……」
 帰宅早々、私の口元を見るなりクロロは残念なくらいにその美しい顔を歪めた。歪めても美しいのがクロロであってそこは羨ましい限りなのだが、その原因を作ることとなったのが私では、申し訳なさすぎて泣けてくる。
 体調管理は事細かに行っているつもりではあったものの、結局はこうしてなってしまったのだから、それは怠慢と呼ぶべき結末なのだろう。
 前回同様感染はしないようにも思えたが、念の為マスク着用のまま咳をしながら部屋に入ればクロロが本を傍らに置き近付いてくる。
「熱は?」
「多分ないと思う……。咳だけ……」
「多分じゃ困るだろ。また座薬突っ込まれたいのか」
 なぜいちいちこちらが赤面するような台詞を吐くのだろうかこの男は。片付けておいた体温計を持ち出し、着替え始める私の頭を突然鷲掴みにするクロロは、了承なくそれを挿し入れ電子音後に黙って抜き取っていく。ここで微熱でもあったらマズイなと思って逃げ腰になっていたところ、表示を確認するクロロの目が僅かに和らいだのを見てこちらが安堵した。
 毎度のことながら、クロロは無駄にこちらの胸を高鳴らせてくれる。能力が誤作動を起こし困るのは彼も一緒だ。この行為全てに於いて、決して愛ではないことは、私が一番よくわかっていた。
「薬は?」
「咳止め買ってきた……。あとはもう食べてすぐ寝る……」
「そうか」
 言いながらもゲホゲホゴホゴホと、おかげさまで喉まで痛くなる始末だ。これはもう熱に移行してしまう前に早く休まなくてはならない。
 とりあえずまずはお風呂だと、バスタオルと下着を持つ私の隣をなぜかクロロは離れない。熱がなかったからだろうか、当初の歪みはすっかりなくなり、その端正で美しい横顔は私を、正確には私の口元を凝視し黙りこくっている。
「……何? シャワー浴びてきたいんだけど」
「いや、それが珍しくてな」
「クロロの世界にだってあるでしょ」
「少なくともオレは見たことがない。この国は世界的に見ても特殊だ」
「へー」
 わりとどうでもいい話だったので、適当に相槌を打ち背を向けた。まだ話してはいたけれど明日は休日ではないのだ、こちらだって早く休んで少しでも治したい。
 クロロには申し訳ないが、どうせすぐ脱線するし放っておこうと部屋を出ようとする間際、
「……まだなにか」
「意味ないだろ、そんなに薄いと。オレの故郷でマスクといえば、防毒だ」
「あー……まあ、そりゃあ……」
 腕を掴まれ阻まれる。非常に応え難い言葉を残して。
「本当に防ぎきれるのか?」
「鞄にパッケージ入ってるから読めば? 構造書いてあるよ」
「いや、いい」
 じゃあなんだ。とは言えない。本当に、本当に迷惑を掛けている私が思うべきことではないのだが、クロロの思考が読めなさすぎてつらい。勿論それは今に始まったことではないのは十分承知している。しているけれど、ねえクロロ。私は具合が悪いから早くシャワー浴びて、食べて薬飲んで寝たいの。わかってるよね?
「……今度はなに」
「いや、エロいなと思って」
「は?」
「マスクだよ。例えばだ」
 次は何を言い出すのかと思いきや、まさかずっとそんなことを考えていたのか。後頭部に添えられた手が突然私を引き寄せ、不織布越しにクロロの唇が合わさった。形だけはこんなにも鮮明なのに温もりは伝わらない。互いに瞼すら閉じず、ぼやけた視界でもクロロが私を見ているのがわかった。



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