From this day

□クロロの看病
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「いくら休みだからといって、いつまで寝ている気だ」
「……ん」
「オイ」
「うん……いまおきる……」
 なんだろう。今日は視界がやけにふわふわとした。全部開かない瞼でクロロを探したら、出掛けるのだろうか上着を羽織り身支度をする姿が目に入る。聞いてはいなかったけれど、そろそろ本の買い溜めかなと、ぼんやりとした頭で思った。
 いってらっしゃいと声に出したつもりなのに、クロロは驚いたように振り返りベッドへと座った。少しぼやけているのはなぜだろう。綺麗なクロロの顔が見たくて目を擦ったら「やめろ」と声が降ってきた。
「くろろ……?」
 喉が、痛い? 額に当てられた冷たい何かは、クロロの手のひらだった。
「……熱がある」
「え……?」
 嬉しくてすり寄ったつもりでも、ただ朦朧とした頭を預けていただけなのかもしれない。熱の感覚など、すっかり忘れていた。クロロに出逢ってからは、一度も風邪なんて引かなかったのに。
「オイ⁉」
「な、に……?」
「空間歪んだぞ今」
「くうかん……?」
 思いきり抱きしめられ、そしてすぐに離れようとしたクロロの服を力の入らない指で必死に掴んで引き寄せる。こうしていると、頭が痛いのも治まる気がした。
「相当まずいな」
「ごめん、ね……もうちょっとだけ……」
「薬はないのか?」
「ぜんぶ……りびんぐにある……」
「オレが買ってこよう」
「ねてればなおるよ……?」
「ダメだ、危険すぎる。三十分だけ耐えろ」
 顎を取られ、唇がちゅうっと強めに合わさった。多分、私が喜ぶように。少しでも負担が軽減できるように。
「ね……じゃあひえぴたもかってきて……」
「なんだそれは」
「おでこにはる……ねつをさますしーと……」
「そうか。他に欲しいものは?」
「……くろろ」
「フッ、こんな時でもブレないなお前は」
 倒れるように横になったら、ぐるぐると視界が回った。唇に触れた柔らかなもの、きっとキスをしてくれたんだろうけれど、もうクロロがどこにいるか、何を言っているのかもわからず次第と意識が遠退いていく。
 ヤバい。そう思った時にはクロロが私の部屋着を脱がしていた。
「くろ、ろ……? いかないの……?」
「もう行ってきた。お前が意識を失っている間にな」
「そ、うなんだ……」
 そこまで状況が悪いとは思わなかった。汗で濡れた下着も全部、クロロにこんな世話をさせて、なんて恥ずかしい。
「ね……じぶんでする……」
「大人しくしろ」
「できる、から……」
「今更だろう? お前の裸なんて見慣れてる」
 だからといってこれはないけど、力が入らない身体では上手く拒むこともできやしない。タンスから適当に出した服を着せられ、ショーツまで履かされ、確実に今私は一生分の恥を使い切っている。
「ねえ……はずかしい……」
「いいから言うことを聞け。また飛ばされたいのか」
「……みらいの……くろろに……」
 また会えるならそれもいいかもしれない。彼はその後、無事に私と出会えただろうか。
「お、前……っ」
「なに……?」
「…………いや、いい」
 ぐったりとクロロの肩に額を付けながら、手際の良い着替えをどこか他人事のように見つめていた。腰を浮かす余裕すらなく全部クロロがしてくれている。
「……なれて……るんだね……」
「馬鹿言え。お前が初めてだ」
「ほんと……? うれしい……。くろろ……ありがとう……」
 袋から取り出したのは、要望通りの熱冷まし専用のシートだった。ペリペリとフィルムを剥がす音だけが聞こえる。ずっとクロロに抱えられたまま、横になるよりもこの方が落ち着くことをきっと彼は知っているのだろう。
「便利なものだな」
 片手で前髪を上げられ、器用に私の額へとシートを貼ってくれたクロロ。冷んやりとした感触が気持ち良くて少しだけ意識がはっきりとした。
「どうだ?」
「うん……だいぶ……」
「熱測るぞ」
 体温計まで購入済みとは、一体どのような顔で手に取ってくれたのだろう、あのクロロが。
 私はクモのリーダーである彼に対し非常に申し訳ないことをさせている。わかっているのに、それがたまらなく愛しなんて。
「なんど……?」
 うっとりとクロロを見上げていたら耳に変な感触があり、そのすぐ後に電子音がした。眉間に皺を刻んだまま彼は私を一瞥する。




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