From this day

□クロロが放つその色気
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「あ、おかえりクロロ。今日ね、帰りコンビニ寄ったらプリンの新商品が……どうしたの⁉」
 早朝から出掛けていたクロロが夕方頃に帰宅した。こちらもちょうど着替えを終えいつも通りに振り向いたところ、過去最大級の衝撃を受け見事に固まる。目を見開いているのはクロロも同様で、口を半開きにしたまま呆然とする私に、その表情は怪訝へと変わった。
「どうした、とは?」
 ついでにただいまと聞こえ、コートを脱ぎながらきっちり締められていた首元のネクタイに人差し指が掛かる。痛いくらいに脈打つ心臓は今にも破裂してしまいそうだった。
 だって、だってその顔。いつも見慣れた涼し気な目元に、
「眼、鏡……」
「ああ、これか。今日の仕事に必要でな。適当に……」
 言い終わることもなく「だからか」と私を見るクロロの視線が途端に憐れみを帯びた。ネクタイに掛けた指同様、眼鏡まで外してしまいそうだったクロロに慌てて駆け寄り「待って待って」と懇願する私に、クロロの目線は絶対零度を記録する。
「お前本気か? ただの眼鏡だぞ?」
「クロロは自分のイケメン度合いをわかってない! 何なのそのチョイス! わざとなの⁉ なんで縁なしにしたの⁉ かっこよすぎでしょ……!」
 蹲るように泣き喚いたその頭上で、今頃クロロがどのような表情をしているのかなど手に取るようにわかる。
 しかし、私がこうなってしまうのも無理はなかった。クロロの眼鏡姿といえば、あの日以来なのだから。その上今度は縁なしである。この凄まじい破壊力といったらもう涙も枯れやしない。
「お前の視姦には慣れたつもりでいたが……」
「視姦じゃない。クロロは女心をわかってない」
「わかってたまるか」
 ぐすっと顔を上げれば、眼鏡を外さずにいてくれるクロロの顔がすぐ目の前にあった。しゃがみながら頬杖をつき、その顔は少しだけ穏やかだ。
「お前って、本当にオレが好きだよな」
「好きだよ。好きすぎて苦しいよ」
「これの何がそんなにいい?」
「え⁉ 力説していいの⁉」
「……聞いたオレが馬鹿だった」
 やれやれと立ち上がるクロロと共に腰を上げ、目に焼き付けようと必死になって熱く見つめた。クロロは額の帯をとったその手で、溜息を吐きながら私の頬に触れる。僅かに首を傾け細められた目に、呼吸すら忘れてしまいそうになった。
「し、死にそう……。クロロかっこいい……かっこいいよ……っ」
「それはどうも」
「キス……していただけませんか……?」
「しない。お前に死なれると困るから」
 勇気を出して言ったのに、クロロはしれっと返してくる。ならばもう外してしまえばいいのにクロロは、ずっとそうやって私の頬に触れたまま、意地悪く反応をうかがってくるのだ。
 そして、ニィッと開かれた唇から赤い舌が覗いたかと思いきや、少しだけ縮まった距離にぎゅっと瞼を閉じ、口付けを待ちわびる。
「お前の性癖をどうこう言うつもりはないが」
「せ、性癖って言うのやめてもらえませんか」
「まあ、見せてやるよ。これだろ? お前が欲しいのは」
「え……?」
 いつまで経っても貰えないその熱にそっと片目を開けば、数歩後退したクロロが、見せつけるような色のある眼差しで勢いよくネクタイを引き抜いていた。上着をバサリと脱ぎ捨て、ワイシャツのボタンが上から一つずつ外される。鎖骨に光る指輪。覗く厚い胸板。流れるように眼鏡を上げ、クロロはひどく艶のある笑みで言った。
「そこの今にも死にそうなお嬢さん。見物料は駅前の限定プリンでいかがですか?」
「よ、喜んで並ばせていただきます……」
 ほら来いよ、と手を取られ情熱的に唇が合わさった。こういう時、意外と眼鏡って邪魔なんだなと思ったことは内緒にしておこう。クロロ絶対に怒るから。
「っ、好き……」
「眼鏡が?」
「クロロが……!」
 いつもとは少しだけ違うクロロの、眼鏡の奥のその瞳。引き寄せられた手の代わりに私から眼鏡を外したら、やけに熱のある淫猥さだった。





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