From this day

□クロロの冬の過ごし方
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 今年も、自分の為に買ったはずのこたつが、見事クロロに占領されていた。
 皮を剥いたみかんと、飲み終わったカップと、乱雑に積んである本と、そしてまた増えるのだろう彼の手元には三個のプリン。一つはプッチンなので、お皿有り。ここは誰の自室だったか。
「あーあ……」
「お前が悪い」
 反対側に入ろうとこたつ布団を捲ったら、その周りにあった読んだのか読んでないのかよくわからない本が音を立てて豪快に崩れていった。知らないふりをしようと思ったところで「直せよ」との厳しい追い打ちがかけられる。ということは、これから読むものなのだ。なんて面倒な。
「自分でしてよ、こんなところに積んでるクロロが悪いんでしょ」
「崩したのはお前だろ」
 活字を追う視線は外さず、つまり私を一瞥すらすることなくクロロは音を立ててプリンの容器を置いた。
 本を積み直すついでにと、みかんの皮やら空いたカップやら容器のゴミやらみんな一緒に片付けて、キッチンから自分の飲み物を持ちようやく綺麗になったところへ私は座る。
 足も冷え、今度こそ注意しようと縮こまって入れば中は熱いくらいだ。ずっとこんなところでぬくぬくと。動きもしないでこの男は。
「コーヒーおかわり」
「……は?」
「だから、おかわり」
 別に聞こえていないわけではなかった。ただ、ようやく私は座れたのに。誰かさんの後始末をして、ようやく座って落ち着くことができた私に今更それを言うのか。ならばなぜ先程のうちに言ってくれなかったのだ。私が動いているとわかっていたはずなのに。
「……」
 俯いたまま黙ってマグカップに口を付けている私に、向かい側から本を閉じる音がした。
「聞こえなかったのか。コーヒーを持ってこい」
「……私、クロロの彼女でも何でもないんですけど」
「……何?」
 そりゃ盲目的なまでに恋をし、そして念まで修得してしまった私だけれど、この状況はあまりにもひどすぎる。好きな人に尽くせるなんて想いが通じ合ってからにしてほしい。これでは都合の良い家政婦ではないか。
「もう一度言ってみろ」
「私、クロロの彼女じゃないんで」
「誰が本当にもう一度言えと言った馬鹿が」
 勢いよく手首を掴まれ、口を付けていたマグカップが大きく揺れる。もろに熱湯を唇に浴び、あっつ! と身悶えた私をクロロの冷めた目が見下ろしてくる。
 赤くなっているだろうか、さするように触れた唇には自分の手ではなく細く冷たいクロロの指先が置かれた。上目で一瞥した先の表情は、一切感情が読み取れない。顎を引くように指を避け、仕方なく立ち上がろうにも未だ一方の手首は強く握られていた。
 テーブルに手をつき、無言で距離を縮めてきたクロロに何をされるかは目に見えている。こんな時にキスなんて嫌だ。
「拒むのか」
「……」
「もう一度言う。お前がオレを拒むのか」
 強引に引き寄せられ、片膝がテーブルに上がった。唇が触れ合う僅か手前でクロロはピタリとその動きを止める。じっと私の反応をうかがい、まるで自分から求めてこいと誘われているようだった。
「……クロロはずるい」
「ずるいのはお前だ。オレの気も知らないで」
「何それ、私のことなんて好きじゃないくせに」
 眉間に深い皺を刻ませたクロロの唇が、角度を変えて何度も何度も合わさってきた。舌すら入れずに重なるだけの、甘い甘いクロロからの贈り物。滲む視界の先でクロロは、まだ同じ表情をしている。けれど、それが怒っているように感じないのはきっと、こちら側の想いがようやく変化してくれたからだろう。
 最初はただ逢えるだけで満足だったはずなのに、私は一体いつからクロロに対しこんなに多くのものを望むようになってしまったのだろう。
 尽くせるだけで幸せではないのか。こうして触れ合える奇跡を、なぜないがしろにしてしまうのだ。
「クロ、ロ……」
 テーブルの上で抱きしめられ、その拍子にまたしても書籍の雪崩が巻き起こる。
「……ねえ、本落ちたよ」
「そうだな」
 ぎゅっとしがみついたら、少しだけクロロの腕の力も強まった気がした。
「ごめん、ね……?」
 年の瀬迫る頃、これくらい寒い日にクロロと出逢ったなって思ったら、また泣けた。






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