From this day

□クロロの思惑
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 一段と冷え込む真っ暗な早朝。ベッドから出るのが億劫で、毛布にくるまったまま目元だけを覗かせた。隣にはもうクロロの姿はなく、ならば修業はさぼってしまおうと瞼を再び閉じかけたところで、扉の開く音が耳に届く。人がまだ寝ているというのに、遠慮なく明かりをつけるその主は勿論クロロ以外に他ならない。今日は早朝から資金の調達に行くと言っていたが、まだ出掛けてはいなかったのか。よく毎度見つからずに用が足せるものだなと感心する。
 私の視線に気付いているのかいないのか、おそらく前者だとは思うが、クロロは平然と服を脱ぎ出しワイシャツを羽織った。着替えひとつとっても、これほど様になる男性などそう存在はしないだろう。皺ひとつないシャツに袖を通すクロロの姿を目にしては、アイロン掛けの頑張りも報われるというものだ。
 なぜクロロはこれほどまでにかっこいいのか。ぬくぬくしたベッドの中、うっとりと思う存分眺めていたところで、襟元にネクタイを通すクロロが突然前触れなく私と視線を合わせてきた。
「……おはようございます」
 後ろめたさを隠しつつ挨拶だけはしっかりした。修業もせず未だ毛布から出ようともしない私に、なんて珍しいのだろうかクロロは怒りもしない。かわりに指先で私を手招き、出たくないと無言で首を振るこちらにそれはそれは美しい笑みで応えてくる。従うならば機嫌の良いうちに限る。そう本能が告げるがままに、寝起きの跳ねた髪を手で撫で付けながら渋々ベッドから起き上がった。
「寒い……」
「なあ、ネクタイ結んでくれよ」
「え?」
 トントンと自身の喉元を指しクロロは言う。聞き間違いでも何もなく、今本当にクロロは私にネクタイを結べと言ったのだろうか。
「な、なんで? できるでしょ?」
「お前はできないのか?」
「いや、できる……けど……」
「ならいいだろ。ほら」
 手を取られ、離れていた距離がぐっと縮まった。私の戸惑いなど気にも止めず、クロロは既に懐中へと両手を突っ込み完全に私任せで構えている。私の反応を見てからかっているのだろうか。
「じゃあ……するよ?」
 上目で様子をうかがいつつ仕方なくネクタイの両端を手に取った。長さを調節し、交差部分を押さえながら巻き付けるように一回転。頭の上から感じる痛いくらいの視線に緊張し、次第に指先が固まってくる。
「み、見ないでもらっていいですか……」
「なぜだ?」
「なぜって……」
 恥ずかしいからに決まっている。言い出せず、顔だけが火照り始めた。クロロが近すぎて、もうこれ以上は進められない。
「くく、震えているぞ」
「さ、寒いから……」
「へえ、そう。オレはてっきり」
 てっきり。てっきりなんでしょうか。
 目線だけを上げたら、クロロは顎を僅かに反らせた状態のまま薄い笑みを浮かべていた。やはり私はからかわれていたのだ。朝からなんて悪趣味なのだろう。不機嫌さを露にしながら最後まで仕上げ、襟元を正す私にクロロはまだ笑っている。
「フッ、どうも」
「……どういたしまして」
「そう怒るな。オレより上手いじゃないか」
「……え?」
「これだよ」
 ネクタイを摘まむクロロに、先程までの怒りなど一瞬で吹き飛んだ。緩みそうになる頬をなんとか押さえ、しかしまたからかわれているのならば癪だと睨みつければ上着に袖を通すクロロが私を振り返りこう言った。
「今後は、お前にしてもらうとしよう」
 寒さも忘れ身体中が沸騰する。クロロにとっては一ミリたりともそういった含みがないことはよくわかっている。わかってはいるけれど、こんな新婚みたいなことを言われては嬉しすぎて泣きたくなった。帯で額を隠すクロロの動作を目で追い、ぽつりと呟く。



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