From this day

□クロロと再び出逢うこと
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「言った」
「言ってない」
「言ったよ」
「言ってない」
「私は聞いたの」
「よく思い出せ、お前の記憶違いだ。それよりプリン持ってこい」
「もうございません」
 気温三十度を越える猛暑の中、私の左手薬指にはあの日クロロに作ってもらった大切な指輪が今もまだ変わらずその存在を主張していた。一切手を付けずにいたらしい対となるクロロの媒介を丁寧に磨きながら、先日の会話を反芻し少しだけ俯く。
「確かに、確かに言ってはいないけど……っ」
 クロロと別れて呼び寄せて、こうして共に過ごせる日々が訪れる幸せ。ベッドの上でプリンを完食した彼は今日も素っ気なかった。
 当初の輝きをようやく取り戻した指輪は、媒介でもなければ決して身に付けてくれるはずのないペアリングだ。受け取るクロロの指先に触れ、それだけでこんなにも身体は熱くなるというのに。
 しょんぼりと資料を捲っていれば名を呼ばれ、振り返るなり彼の薄い唇が合わさった。いつだって愛のない冷めた感情であることなど、私が一番よくわかっている。
「けど、なんだ」
「……なんでもないです」
 だから期待してしまった。だってクロロがあまりにもその態度を違えるから。こんな素敵な人が私なんかを好きになるはずがない。なぜ都合のいい勘違いなどしてしまったのだろうか。勝手に解釈したのは他でもない自分自身であるというのに。
「ごめん、なさい……」
 ぽつりと呟く私の頬にクロロの指先が伝う。まるで涙の跡を辿るその手つきに、また誤解してしまいそうになった。
「ライク」
「え……?」
「では不満か?」
 驚いたように見上げた先には、眉を下げながら笑む愛しいクロロの姿があった。添えられた手を握り泣きながら擦り寄れば、親指の腹で目尻を撫でられたまらなくなった。
「い、いつかラブになる……?」
「さあ、どうだろうな」
「私は……ずっとクロロを愛してたよ?」
「ああ、知ってる」
「誰よりもずっと……ずっと……っ」
「わかったからもう泣くな」
 クロロのキスが、ひとつふたつ。嬉しくて縋るようにシャツを握れば、そんな最中で突然身体を押されたものだから何事かと身構える。
 見上げた先の彼は、戸惑う私を尻目に優美な笑みを浮かべてこう言った。
「ということで、プリン買ってこい」
「………………うん?」
「プリンだ」
「え、待って……今までの甘さは……?」
 まさに今三個も食べ終えたばかりだというのにこの男は。あまりにもしれっと言い放つものだからさすがに涙も引っ込んだ。一ヶ月ぶりとはいえ勿論忘れてはいない。こういったところも含め、私はクロロの全てが好きなのだ。
「明日……仕事の帰りに買ってくるんじゃ駄目?」
「駄目だ」
「どうしても今行けと?」
「二度言わせる気か?」
 窓際に寄ればチリチリとした熱風が頬を掠め、太陽が真上すぎてげんなりした。こんな炎天下の中、本当にプリンひとつの為に行けというのだからクロロはすごい。
 とりあえず扇風機の風向きをクロロ一人に固定し、立ち上がる私を見ては極上の笑み。う、と言葉に詰まり最早観念するのはこちら側である。
「いってきます……」
 返事もしない彼に肩を落としての外出は、余計に足を重苦しくした。
 灼熱の地に身を晒しながら不意に視線を感じ自室の窓を見上げれば、珍しく顔を覗かせていたクロロがそっと唇に押し付けた指先からキスを飛ばしてくる。耳まで真っ赤にする私に満足気な様子でひらひらと手を振るその表情は反則だ。
「気を付けて行ってこいよ」
 警戒すべき近所の目よりも、今はただ一刻も早くこの鼓動を静めたい。背中に感じた笑いを払いのけ、私は足早にその場を離れた。

 これがクロロと再び出逢った、暑い夏の愛しい軌跡である。





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