From this day

□クロロが家にやってきた
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 クロロが家にやってきて一年と半年。あまりにもいろいろなことがありすぎて、本当にあっという間の出来事だった。
 枕を濡らす夜には呆れられ、それでも優しく抱きしめられたり。そこに愛はないけれど私はそれで満ち足りていた。冷酷なだけの人間ではないことを知り、それだけでも十分価値のある出逢いであった。

 外は快晴。全開の窓から吹き抜ける風は、艶のあるクロロの黒髪を穏やかに揺らした。首元に光るのは条件を揃える為の指輪だ。クローゼットを開け、上着とコートを羽織り、クロロは着々と準備を整えていく。伏せられた表情はうかがえないまま、あとはブーツを残すのみであった。
「プリンを」
「……うん」
 この日と決めてから、ここ数日の買い置きは頻繁に行っていた。クロロが全て食べ終えるようにと。一番のお気に入りである皿に移して食すそれは、私が持ってきたこの三つでとうとう終了である。一つぷちんと皿に出しては、ベッドに腰掛けながら味わうように含むクロロを私はただ静かに見つめていた。
 指輪という条件の下、私の能力で実験など行えるはずもない。たった一度きり。もし失敗すればクロロとの別れが永遠に。それどころか元いた世界とは別の、最悪、死すら有り得てしまうというのに。緊張感が高まる中、伏せていた視線を上げたクロロが私にスプーンを差し出した。
「……いいの?」
 舌に乗せ、口の中いっぱいに広がる甘い甘い幸せの味。三つ全て食べ終えたクロロが、初めてその言葉を口にする。
「いつも感謝していた。世話になったな」
 せっかく堪えていた涙は、その一言でいとも容易く流れ落ちた。蹲る私をクロロは身を乗り出しながら抱きしめてくれる。まるで泣く以外許されていないかのようだ。これは彼の優しさか。それとも無事帰路へ着く為、せめて少しでも心理操作をと。いずれにせよ強く温かいこの腕の中、尽きるほど泣くだけの時間はまだ残されていた。背中を叩くクロロの手は確かな安心を与えてくれるから。
「ねえ、クロロ……」
「なんだ」
「少しは、私のこと好きでいてくれた……?」
 真っ白なファーが私の頬をくすぐる。膝の上に乗せられ、顔を覗き込まれた。
「ああ、好きだったよ」
「……嘘ばっかり」
「わかってるなら聞くなよ」
 笑い合い、震えるほどの緊張感が不思議と薄らいでいくのがわかった。自らの力で地に足をつけ、左手薬指に光る指輪を天井にかざす。
「あっちに行っても……外さないでくれる?」
「さあ、それは約束できないな」
「なら帰してあげない」
 拗ねたように横を向く私の顎を取り、大好きな温もりが唇に触れる。合わせただけの重なりが、今では何より真摯に思えた。
「気が向いたらな」
 頬へ、瞼へ、額へ。感謝と謝罪と、そしてそれが少しばかりの愛情であったならと、思う。
「クロロ」
 最後の抱擁は私から。すぐに離れて真っ直ぐとその瞳を見上げた。
「大好きだよ」
「知ってる」
 広がる波紋と指輪の共鳴。クロロの為だけに修得した能力は名前すら付けることは叶わなかったけれども。コートのポケットに手を入れ、浮かぶ笑みと歪み行く空間は声すら聞こえぬほどに形状を保ってはいない。
「また、な」
 それでも私は確かに聞いた。裂ける空気の狭間より、そして、クロロは次元を越える。私はその後何時間も、彼の無事を祈り両手を重ね合わせていた。








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