From this day

□クロロと忘れる秘密の一夜
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 この世界には、形こそ違えど許されない恋というものがいくつもある。
 クリスマスイブ。誰よりも焦がれていたクロロに抱いてもらい、幸福という名を知った日。あれほど祈り、奇跡を夢見ていた自分はもういないのだ。
 迂闊だった。希望のない未来がこれほどの恐怖だなんて。きっと叶わない夢だと泣く位がちょうどいいのだ。いつか、逢えるかもしれないと。だって私はもう知ってしまった。クロロと触れ合うその切なさを。いっそ、嫌いになれたらどんなに幸せだろうか。
「……なんだ」
「え、っと……」
 だから、こうして思わずクロロのキスを拒んでしまったことも必然だった。少し前までの私だったら喜んで受け入れていたのに。
 先日ついに能力が完成し、とうとうクロロとの別れが現実味を帯びた。日を追うごとに焦りは加速し、それでも普通でいようと努めていた。もうすぐいなくなってしまう。そのたったひとつの事実が、今はこんなにもこわくて仕方がないのだ。
 これ以上クロロに溺れたくない。これ以上クロロを愛したくない。これ以上クロロから……

 愛されたいと願いたくはない。

「……何を考えているかは知らないが」
「っ、やだ!」
「お前がオレを拒むなんてな。初めてじゃないか?」
 強引に後頭部を押さえ付けられ、深く重なる唇に涙が込み上げる。ずっと望んでいたはずなのに、これほどまでにつらい理由などたった一つしかない。どうせいなくなるくせに、なぜいつもこうやってあなたは。
「っ、クロ、ロ……」
「素直になったか?」
 表情だけは優しいのに、その瞳は私など見てはいなかった。求められるがまま繋がった時、うわ言のように名を呼ばれ一瞬だけクロロも同じ想いなのかもしれないと期待した。
 それはまるで陽炎のように。一体誰が信じるだろう、彼との出逢いその全てを。誰にも言えずに人生のたった一、二年。いつか消えるかもしれない、そんな刹那の逢瀬が今ここにある。

「今日は満月だな」
「へえ」
「なあ、コーヒー淹れてこいよ。上で飲みたい」
「……上?」
 もう寝る準備をしていたというのにクロロは、ガラッと窓を開けにっこりと屋根を指差した。
 明日は休みじゃないんだけど、とか、コーヒー面倒だな、とか、これ以上クロロと思い出作りたくないな、とか。色々な感情が交ざり合い頷けないでいた私にクロロからの甘い口付けが降ってくる。
「お前と、一緒に飲みたい」
「……わかった。持ってくる」
 もしも、クロロがあちらの世界を捨ててくれたなら。言えもしない、そんなこと。

「……お待たせ」
「よし、行こうか」
 ホットコーヒーを水筒に入れ部屋に戻った私を、窓枠に足をかけたまま片腕を広げ招くクロロ。絵になるその姿が悔しくもかっこよく、必死にブレーキをかけながら近付いた。促されるまま首に腕を回せば、彼はいとも容易く私を抱き上げ、たった一度の跳躍で屋根へと飛び移る。こういうことを平気でするから、きっと尚更次元の壁を感じてしまうのだろうなと思った。
「え、待って、想像以上にこわい。しかも寒い」
 すぐに降ろそうとするクロロのシャツにしがみつけば、彼は面倒だと顔に書きながらも後ろから私を抱きしめてくれた。そして、そのまま座り落ち着くものだから、背中の熱がよりいっそう私をたまらなく泣きそうにさせるのだ。
 雲ひとつない夜空に浮かぶ満月は手元まで明るく照らしてくれる。要望のあったコーヒーを水筒のカップにとぷとぷと注ぎ、ゆっくりと彼に手渡した。
「はい、クロロ」
「ああ」
 静かな夜。クロロの匂いとコーヒーと、澄んだ空気が鼻を掠める。
「珍しいね。クロロがこんなことしたがるなんて」
「まあ、たまにはな」
「……ねえ、いつ頃帰ることにする?」
 私を支えていた手が反応し、グッと力が込められる。なぜだろうかと振り返り、夜の色したクロロの瞳と重なった。
「オレは、そんな話をする為に誘ったわけではない」
「うん……でも決めておきたくて ……。ほらプリンだって! 気を付けて買わない、と……」
 ポタポタと滑り落ちていく雫は、いっそ雨であればいいのに。そうすればこれ以上この温もりに期待などせずに済んだのに。この場から離れられたのに。
「ッ、ごめ……」
 止まらない。一度溢れてしまうとダメだった。膝を抱えるように顔を埋め、もう逃げてしまいたくも一人では降りられない。クロロの熱が、匂いが、その声が、愛しすぎて死にたくなった。



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