From this day

□クロロとの別離まで
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 クロロ指導のもと、基本の纏、絶、練、発を一通り修得した私はグラスでの水見式調査も終わり特質系と知る。
 この頃にはもう満開の桜はとうに散りゆき、季節は新緑の芽吹く初夏へと移り変わっていた。

「今日から本格的な能力開発に取り組む。資料に目は通したな?」
「……」
「返事」
「……読んでません」
 休暇の午前中、テーブルに置かれた様々な書籍を前に口をへの字にしながらチラリとクロロを見上げた。案の定呆れたような顔を向けられ、これ見よがしな溜息までもが降ってくる。ただでさえクロロとの別れを想像しやる気など上がらないというのに、こんな小難しい本を積まれては尚更げんなりするのは当たり前である。
「お前いい加減にしないとキスもしてやらないからな」
「そしたら……ずっと一緒にいられる……?」
 驚いた顔をしていたのはクロロだ。口元を手で覆い隠したかと思えば、そっぽを向きながらテーブルに肘をつき完全に止まってしまった。怒っているのかなんなのか、そのまま動かないクロロを前にさすがに恐怖を覚えた私は仕方なく一番上のやたら分厚く重い赤い装丁の本を手に取った。開けばミシリと表紙が鳴り、それだけで気圧される。

『第一章 一次元の概念と法則』

「…………」
 音を立てずに無言で閉じた。これはどう考えても私が理解できる類の内容ではない。
 未だこちらを見もしないクロロに向け、拒む意を込めゆっくりと本を差し出せば間髪入れず掴まれた手首に心臓が跳ね上がった。
「ごめんなさいちゃんと読みます!」
「違う」
「え?」
 クロロはただ何も言わずにじっとこちらを見ていた。前髪の隙間から覗くその、瞳の中の奥深く。合わさる視線が苦しくてそれでも逸らすことなどできはしない。
 いつかこの日の真意を汲み取れたなら少しは愛してもらえるだろうか。
「要約してやる」
「……いい、の……?」
「キスを」
 拒まれては敵わないからな。言い終わらないうちに抱きしめられて朝からクロロと身体を重ねた。いつもより少しだけ熱く感じたのはきっと私の気のせいだろう。

 気怠いまま少しだけ眠り、起きた頃にはクロロの筆跡で書かれた数枚の紙束が傍らにあった。図解まで加えられたその用紙に感動し、テーブルに向かっていたクロロの背後へぎゅっと抱きつく。
「大好き……」
「知ってる」
「ごめんね……? 頑張るから……」
 この気の遠くなりそうな作業をクロロはたったの数日でこなしてみせた。その間消費したペンの数はゆうに二十本を越える。仕上がったものから読み進めるも時間が足りず、仕事先での学びも入れた。休憩中にクロロからの愛が感じられるとはなんて贅沢な。これはクロロが帰ったあとも宝物にしようと強く決めた。

 そしてそれから半月。今度こそクロロを送り届ける為の能力開発へと取り組む時が来た。テーブルの前に私を座らせ、向かい側に腰を落ち着かせたクロロが紙とペンを用意する。
 何をするのかと身構えていれば、突如鬼のような尋問が始まり私は固まった。
「え、ま、待ってクロロ……」
「なんだ」
 その日何をしていたか。何を考えていたか。ルーティンはあるのか。淡々としたその作業を経て、しまいには一人でシていたのか、と。まるで心を犯されているようではないか。
「怒ることないだろ」
「恥ずかしいんだよ!」
「何がきっかけで発動したのか探る必要がある。無自覚能力者のトリガーは厄介だからな」
「もう全部話しました!」
 顎に手を添え真面目に考察しているクロロとは反面、何もかもがつらすぎて勢いよくテーブルに突っ伏した。月のもののタイミングまで把握されていては泣きたくなる。


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