From this day

□クロロとのバレンタインデー
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「お前、今日が何の日か知らないのか?」
「え?」
「オレに寄越すものがあるだろう」
 時刻を確認すれば、もう一時を回ろうとしていた。寝る支度をし俯きながらベッドに潜り込もうとした最中、突然の台詞にドキリと一瞬動きが止まる。決して気付かれぬよう何事もないように羽毛布団を捲ったのだがクロロは無理矢理私の肩を掴み押し留めてきた。
「……プリンの特売はなかったと思うんだけど」
「本気の台詞なら大したものだな」
「団長様がそんなイベントに興味があるとは思いませんでした」
 置かれた肩の手を払いのけ、もぞもぞと潜り込む私にクロロがどのような目線を向けているのかはわからない。クリスマスのあなたを真似てみただけなのに、なぜそれほど機嫌を損ねたような声を出すのか。
「もう一度言ってみろ」
「何クロロ? もらえると思ってた? 私が顔を赤くして恥ずかしそうに差し出すとでも?」
「……何を怒っている」
「別に。あげればあげたで何か言うくせに都合いいなって」
「オイ」
「おやすみ」
 なんて可愛げのない。けれどごめんなさい。別にクロロは知らなくていいの。毎年毎年存在もしない人相手に作り続けていたら、いざ今年もしようとした時に後込み失敗してしまった馬鹿な女のことなど。今日が何の日か知っていたんだね。本当は、誰よりも愛したあなたに心を込めて作ってたんだよ。最後くらい本人に渡してみたかった。ずっとあなただけを誰よりも愛してきたのに。
 言えずに、泣いてしまいそうになった。
「……そのわりに」
「っ……⁉」
「甘い、匂いがするのはなぜだろうな」
 突然、強引に剥ぎ取られた布団を追った手を握り込まれ首筋にクロロの唇が触れた。ペロッと舐められ紅潮し、そして涙で頬を濡らす私の目には優しい瞳が揺らめいていた。
「素直になれ。もらってやるから」
「別、に……私は……」
「後悔するぞ」
 目を見開く私にクロロはただ何も言わずに目尻だけを下げた。親指が触れ、涙を拭われ、その眼差しは真っ直ぐと私を射抜いている。傾けられた顔に瞼を閉じれば合わさるだけの口付けが落ちてきた。
「クロ、ロ……」
 もう涙で滲んで何も見えない。
「クロロ好き……クロロしか好きじゃない……ずっとクロロのこと考えて作ってたんだから……っ」
「ああ、それでいい」
 なぜクロロには全部わかってしまうのだろう。こんなにもこんなにも好きにさせて、あなたがいなくなったら一体私はどうすればいいの。ねえ、そんな目で見ないでよ。別れがたくなるからお願いやめて。行かないで。ずっとこうしてここにいて。クロロ好き。クロロ、クロロ、クロロ。
「明日……」
「ああ」
「明日……もう一度頑張ってみる……」
「そうか。なら来月はオレの番だな」
「本当、に……? 三倍返しなんだよ……? 私のチョコ……すっごく重い愛が入ってるよ……?」
「くく、だろうな」
 顔を見合わせようやく笑い合う。これが今年のバレンタインデー。
 私の人生、きっと最初で最後のバレンタインデー。




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