From this day

□クロロの小旅行
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 クロロが突然何の書き置きも残さず姿を消してから今日で丸二日が経過した。こうして私に何の断りもなく家を空けるということは、つまり事情を話す余裕すらない緊急事態が彼の身に降り懸かってしまったということだ。クリスマスイブのあの日からこういった状況を避ける為にもクロロと私、お互い似たような事例を探すため遠い地の図書館にまで足を運び、時にはネットを頼りに今日までやってきた。何日経っても結論は見つからず、ならば明日はこの街に行ってみようと地図を広げながら話していた矢先の不可解な失踪である。私が外出している間クロロの身に一体何が起こったというのか。渡してあったケータイすら繋がらず、もしこのまま今生の別れとなってしまったら。
 枯れ果てたはずの涙がまた一筋頬を伝い、それでも私は眠ることすらせずただ一心にクロロの帰りを待ち続けていた。初めて出逢ったこの部屋で、全ての予定をキャンセルした私に躊躇いなどない。
 願わくば、どうかこれが夢でありますように。ひとりぼっちの夜、雲一つない空を見上げ満ち足りた月の神秘に再来の奇跡を祈る。

「また泣いているのか? お前は本当にオレが好きだな」
 見慣れぬスーツに身を包み、待ちわびたその声は唐突に響いた。
「ようやくお会いできましたね、お嬢さん」
 からかい交じりで軽く会釈をしてみせる彼に、私は呆然と振り向き涙する。あの日以来忘れていた激しい耳鳴りと共に彼の名が喉に詰まり目頭が燃えた。
「っ、どこ……行って……」
「そうだな……異世界、か?」
「え……?」
「名前を書くと人を殺せるノートがあってな」
 クロロは私の顔を見てフッと笑う。寝不足と涙できっと肌もボロボロだ。愛する人にこんな顔、絶対見られたくなんてないのに。
「詳細は明日話そう」
 上着を脱ぎ捨て気怠そうにネクタイを緩めるクロロは、これまでと同様我が物顔でベッドを占領する。小さなあくびをひとつだけして、ごろんと私に背を向け言った。
「プリンの用意しておけよ。朝一番に食うから」
 ベッドの脇で崩れるように座り込んだ私の頭にクロロの大きな手のひらが伸びてきた。ゆっくりと数回撫でられ、声を上げて大泣きする私をうるさいと叱らないのはクロロなりの優しさなのだろうか。たった二日がこんなにも長く、もう一生会えないかもしれないと何度覚悟したか知れない。
 神様心から感謝します。もう一度クロロに会わせてくださり、本当にありがとうございます。

 *

「用意しておけと、言ったはずだが?」
 翌朝、クロロに叩き起こされることすら至福の喜びである今、ずっとベッドに伏したまま眠っていたせいか背中の痛みに顔を顰めながら目の前の男性を見上げた。クロロがここにいる。ここにいて、私を見つめてくれている。何度堪えようともすぐに涙腺は緩み流れ、グスッと鼻を鳴らしながら謝罪する私にクロロは呆れ顔で言った。
「早く持ってこい」
「うん……っ」
 瞼を擦り、文句も言わずに裸足で部屋を後にした。一人きりの二日間、ずっとこの日を待ち望んでいたのだ苦であるはずがない。冷蔵庫を開き今では定番となった大量のプリンの中から様々なタイプを五つ。皿とスプーンと、多分飲むだろうからコーヒーも用意する。一度洗面所に立ち寄り、最低限の身だしなみだけを整え急いで部屋へと向かった。腫れた瞼はもうどうしようもない。今更であると必死に言い聞かせ階段を駆け上がる。


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