From this day

□クロロの自答
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「勘違いするなよ。オレはお前の男ではない」
「っ、そんなの……わかってるし……」
「そうか、わかっているならいい。ならばいつまでもそんな顔をするな。苛々する」
「……っ」
 ドクンと心臓が跳ね上がり、懸命に奥歯を噛み締めた。クロロの言葉を反芻し落涙を我慢することだけに全エネルギーを注ぎ込む。堪えてなどいないで出ていけばいいのに足が思うように動いてくれない。クロロはそんな私に構わず上着を脱いでベッドに座った。
 事の始まりは些細なことだった。
 いつまで経ってもこちらへ来た原因が判明しない中、クリスマス以降ようやく重い腰を上げたクロロが似た事例を探しに各地の図書館を転々としていたときのことだ。「立ち入り禁止区画に入ることもある」なんてさりげなく言うから、こちらも軽く「よく入れるね」と返しただけだ。そうしたらクロロが「女の司書が相手ならな。少し気持ち良いことをして、後は焦らしてやればいいだけなんだが」なんてエロ漫画みたいなことを言い出すから少しだけ嫉妬に眉を寄せただけ。ただ、それだけ。口にすら出していない。なのに、あんな言い方などあるか。苛々しているのはこっちだ。三日ぶりに帰ってきたかと思えば何なのだこの男は。
 ずっとその場に立ち尽くしたまま決して泣いてしまわぬよう必死に深呼吸を繰り返す。どうにか落ち着いた身体で最後にもう一度だけ深く息を吸い込んだら、それを見計らったかの如くクロロが口を開いた。
「へえ、泣かないんだな。我慢したのか? オレにこんなことを言われているのに?」
 私は喧嘩を売られているのだろうか。どうしたのだ今日のクロロは。絶対におかしい。今まではどんなに私が愛を伝えようと軽く躱し涼し気な表情を浮かべていたのに、なぜ今回に限ってこんなに突っかかってくるのだろう。
 僅かだけ視線を下げた先には本に顔を向けページを捲るクロロの姿がある。いくら盲目的な恋とはいえ私だって言われたままでなんかいられない。
「今日の団長様はご機嫌ナナメなんですね」
 男のヒステリーかよ。ボソッと笑顔で呟いたら目玉だけでギロリと私を捉えるから本当に恐かった。上がりそうになった悲鳴はやはり上がってしまい、咄嗟に顔を背ける私にクロロは大袈裟なほどの音を響かせ本を閉じた。
「言いたいことがあるなら聞こうか」
「別、に何も……」
 むしろクロロの方だろう。私はこんなにもいつも通りだというのにクロロが、クロロ一人だけが訳も分からず苛立ちを感じているように見えた。帰る手段が判明しないことに対する焦燥なのだろうか。クールな彼が好きなんて更々言うつもりもないが、こんなに感情を剥き出しにする人なのかと内心驚きもした。
「あるだろう、オレが他の女とヤッたと知ってお前はあからさまに顔色を変えた」
「ええ、変えましたよ。そりゃ変えますよ。想像してた通り軽い男なんだなって思ったんですよ」
「なんだと?」
 私が幸いにも悲鳴だけで済んだのは、クロロが言葉の割にそのオーラ量を抑えていてくれたからなのかもしれない。たった一歩で私の目の前にまで距離を詰めてくるクロロのその、締められていたネクタイを緩める一連の動作が悔しくもかっこよかった。
「軽い男か。言ってくれるな」
「自覚なかったんですか」
「オレは仕事をしただけだ」
「へえ、仕事。女性を抱くのが」
「それが一番言うことを聞かせやすいんだ」
「そうですか。なら仕方ないですよね」
 声が真上から降ってくる。すぐ目の前にクロロの胸元があった。匂いが強すぎて、くらくらしてしまいそうになる。
「そうだな仕方のないことだ。だが、お前は違う。オレはお前を仕事として抱いたことなど一度もない」
「……はい?」
 どうにも繋がらない言葉に顔を上げたら、もうすぐそこにクロロの唇があった。あとほんの少し、どちらかが意識するだけで触れ合える程に近く。 


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