From this day

□クロロと一緒にバスタイム
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 クロロと私、二人きり。家族全員出払って気兼ねなく過ごせる一日。どうせこの男は飽きもせず読書ばかりなんだろうけど。

 *

 クロロと出逢い十ヶ月。季節は秋。読書の秋、食欲の秋。
 あの日の気まずい一件以来、クロロとの距離は随分と開いていた。元々それほど狭まってもいないのだが、今ではもうからかい交じりのキスはおろか接触ですら全くない。いつも通りに会話はするし笑いも合うし、プリンもビールもコーヒーも、クロロ自身は何ら変化のない通常運転のはずなのにきっと私一人だけが無意識に彼を避けてしまっているのだろう。あんな場面を目撃され平気な女などまずいないのだから仕方がない。せめてもの救いはクロロが見て見ぬふりをせずにいてくれたということだ。もしあそこで知らぬふりでもされていたら、それこそ恥ずかしすぎて死にたくなる。クロロ側に例え何の意図があれ、ああした終わりを迎えられたことは私にとって唯一の救いであった。
 ベッドの上でクロロの隣に座りケータイを弄っていると彼が足を組みかえるたび僅かに身体が揺れる。肘が当たって咄嗟に引いて、私ばかりが緊張していた。真っ赤になった顔を隠すよう膝に埋め、そうした途端に嗅覚が増す不思議。視覚が遮断されたからだろうか、クロロの身体から香る甘い匂いはまるで挑戦的な雄のフェロモンのようで胸が苦しくなる。
「もう誘惑は諦めたのか?」
「……え?」
「不在、なんだろう終日」
 突然何の前触れなく言われ大袈裟に肩が跳ね上がった。膝から顔を上げ、こちらを一瞥すらしないクロロの横顔をゆっくりと見上げる。なぜ今になってこんな話を持ち出してくるのか、昨日は頷く素振りすら見せず完全にシカトしていたクロロが。
「そうだけど……聞いてたの?」
「あれだけしつこく言われればな」
「言ってないし誘惑もしてない」
「そうか、それは残念だ」
 クロロの言葉は一体どこまでが本心なのだろうか。せめてヒソカのように冗談の言い合える雰囲気ならば私もこんなに苦労はしていない。長い睫から覗く漆黒の瞳がふっと柔らぎ、音を立てて奇抜な装丁の本が閉じられる。ようやく交わった視線の先で彼は言った。
「一緒に浴びてやろうか?」
「……え?」
「シャワーだよ」
 ぴくりと眉が跳ね上がった。クロロはあの日以来平気でこういうことを言ってくるようになったのだ、私に一切触れもせず言葉を使って追いつめてくる。瞳の奥の揺らめきはいつだって私を惑わせるのだ。
「誇りに思え。後にも先にもこのオレの背中を流せる女はお前しかいない」
 歌うようにそう言われグッと奥歯を噛み締める。本当にクロロはずるい。
「何? 告白?」
「都合のいい解釈だな」
 精一杯の強がりも軽くかわされ、勝手に人のタンスを開け入浴準備を始める男に向けて内心舌を出して反抗する。しかし、本気で私を誘っているのか突然彼が手をかけた位置は散々触らないでと釘を刺した下着の収納場所だった。止めようと一歩踏み出した私にクロロは流し目で振り返る。
「用途を聞かせてもらっても?」
 指に引っ掛け揺らすそれは、黒いレースの際どい紐パンであった。
「真新しいな。中々情欲をそそられるものがある。いつの間に買ったのかな、お嬢さん」
 理解するより早く手を伸ばすも、取らせまいと下着を掲げるクロロの顔は何とも意地悪く笑っていた。
「せっかくなんだから使えよ」
「馬っ鹿じゃないの⁉」
 私の悲痛な叫びなど聞こえていない。有無を言わさず部屋を出て行く彼に、私は慌てて替えの服を持ちついていった。



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