From this day

□クロロの性的魅力とは
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 いつもいつも我が物顔で人のベッドを占領しているクロロ。二週間ぶりに本の調達へ出掛けたのでこの隙を逃すまいと一気に部屋中の片付けをした。いらない本を縛り、毛布を干し、シーツを剥がし、そこでふと感じたクロロの匂いに感情が揺さぶられる。出逢ってもう半年が過ぎた。未だ彼がこの部屋に現れた原因はわかっていない。調べなくていいのかと訊ねたところで返ってくるのは気のない返事ばかりである。
 あとどれくらい一緒にいられるのだろう。この部屋にいて、私と共にいて不快には感じていないだろうか。その目は私など見てはいないけれど時折更なる奇跡を望んでしまうのだ。
「クロロ……」
 もし、あなたに抱いてもらえたら。
 彼は一体どんなふうに女性を口説くのだろう。どんな目で、声で、指先で、身体中を愛撫する? 私みたいな女が相手でも興奮してくれるのだろうか。ベッドの中で囁く吐息はきっと普段より艶やかに違いない。男らしい骨張ったあの指で肌をなぞるのか。澄んだテノールの声は掠れたりする? 服は着たままでするタイプだろうか。脱いでくれたら嬉しい。あの筋肉質な全身を見ていたいから。
「……ッ、クロ、ロ……」
 こんなふうに考えていれば自然と指が下半身に伸びるのも止められない。匂いのするシーツに顔を埋め肺いっぱいにクロロの残り香を吸い込み自慰行為に耽る。もし、これがクロロの指ならば彼はこの後どうするだろうか。あの長い指先でナカを掻き回されてみたい。
 私の名を呼ぶ声を何度も心の中で反芻した。もっと呼んでほしい。もっともっと。
「……っ、は……ぁ……クロ、ロ……」
 想像は所詮現実の域を出ないことはわかっている。それでも目の前にある確かな痕跡は私を興奮させるには十分すぎる程だ。達した余韻に浸り、うっとりと匂いを堪能すること数分。ようやく身体が落ち着きを取り戻してきた頃、最後にもう一度だけ深呼吸をしようとしたところで、私の背筋は凍りついた。
「お前って、本当にオレが好きだよな」
 クロロの声、だった。
 一体いつからそこにいたのか。窓枠に腰掛け足を組みながら頬杖をつく彼がにっこりと笑っていた。まるで貼り付けられたかのような、そんな作り物の笑顔を全面に晒しながら。
「い、つ、帰って……」
「そうだな、十五分位前じゃないか?」
 最初からではないか。ずっと、ずっと見られていたのだ。私がしていた全てのことをこの男に。声も掛けずに気配すら絶って、ずっとあの瞳で。ショーツに入ったままの指を気付かれぬよう引き抜き、できるだけ彼の顔を見ないようにシーツを手繰り寄せる。漂う香りも今となっては恐怖でしかない。
「待、っててね……今シーツ取り替える、から……」
「いいのか替えて。オレの匂いが好きなんだろう?」
「……っ」
 カァッと耳まで真っ赤になり涙腺が緩みだす。からかっているのだろうか、咄嗟に見上げた視線がぶつかりクロロは私を手招いた。
「な、に……」
「いいから来いよ」
 靴を脱ぎ窓枠から降り立つクロロの前まで歩み寄ると、抱きしめたままだったシーツを放られ強引に手首を取られる。大袈裟なほど跳ね上がる肩はそれだけ私が緊張しているという証だ。
「オレに抱かれることを想像していたのか?」
 必死に拒むも、彼は決して放してはくれなかった。
「この指で?」
 クロロの舌が焦らすように這わされる。指の間のその先へ。そして全てを含むようにじっくりと時間をかけられた時、熱い口内に腰がぞくぞくし愛液が滴れたのがわかった。
「抱いてやろうか?」
「……え?」
「好きなんだろう? オレが」
 彼の目は笑ってなどいなかった。口元だけが、ああ、こんなにも笑んでいて、そこに一欠片すらクロロからの愛はないと私はずっと知っていた。
「い、い、です、別に」
「そうか」
 だから断る私にもたった一言返事をしただけ。クロロからの想いなど期待する方が愚かだというのに、この半年以上に渡る和やかな生活で私は忘れていたのかもしれない。いつか、いつか好きになってもらえるのではないかと。見てくれなくてもいいなんて嘘だ。ただ抱いてさえくれればなど強がりだった。
「シーツ……替えたからどうぞ」
「ああ」
 そして今日もクロロはベッドを占領し読書に勤しんだ。帰る方法を探すことすらせずにプリンを口にしながら。
 紡がれる名は甘く、合わさる唇は苦しく、愛のない囁きは私をどこまでも堕としていく。
 一線だけは越えてはならない、いつか帰ってしまう人なのだから。どんなに恋焦がれていようと決して抱かれたいなどとは願ってはいけない相手だった。





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