From this day

□クロロとプリンと暑い夏
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「アイスコーヒー。溢れるくらい氷入れて」
「何言ってんの?」
 あの寒い冬の日、原因不明の耳鳴りと共に現れたクロロは今日もまた飽きもせず読書ばかり。散り行く桜に新緑が芽吹き、季節はすっかり夏真っ盛りであった。
「持ってこいよ早く」
「暑くて動きたくないの」
「早く持ってこい」
「動きたくない」
「持ってこい」
 所定のベッドで涼し気な横顔。にもかかわらずフル稼働の扇風機はクロロ一人にその身を固定させたままだ。汗だくの私にはそよ風すら来やしない。いい加減に怒りたくはなるものの、やはり根底の愛しさには抗えるはずもなく結局は今日もこうして従順に尽くすのだ。立ち上がる私を見送りもしないこの男を心の拠り所として。

「どうぞ、ご注文の品です」
 若干怒りまじりに置いたグラスから一個二個と氷が零れ落ちていく。テーブルを一瞥したクロロは、心底呆れた様子で大きな溜息を吐き出していた。
「お前、馬鹿だろ」
「言われた通りに持ってきただけ」
「どうやって飲むんだ」
「知らないよ」
 一度本を閉じ、ベッドに腰を掛けたまま私の空いたグラスに余分な氷を次々と投げ入れていくクロロ。濡れた指を舐め取るその様子には、僅かに開いた唇から覗く舌先の淫隈さに背筋が震え頬が紅潮した。
 咄嗟に咳払いをし何とか呼吸を整えるも、そのすぐあとに起こった不可解な問いかけにより次は思考回路が完全に停止する。
「なあ、オレの分は?」
「…………え?」
 ここで誤解しないでいただきたいのは、決して私は見惚れてなどいなかったということである。まして、クロロの話を聞き流していたわけでもない。
「え、待って。何が?」
「それだよ」
「それって…………これ?」
「そう、それ」
 アイス代わりに偶然見つけた、
「プリン……なんだけど」
「見ればわかる」
「誰が食べるの?」
「オレ以外にいると思うか?」
 何度も言わせるなと、咎める彼の空気など構うことはない。私は馬鹿みたいに口を開いたまま、プリンとクロロを交互に見つめた。
「まさか……好きなの?」
「……何?」
「え、本当に? あのクロロが……プリンを?」
 一瞬の間を置き、いつもクールなその顔がすぐさまバツが悪そうに歪んでしまったことを受け私はひとつの仮説を立てた。クロロはもしや周囲に隠していたのではないだろうかプリンが好きだという事実そのものを。だって原作にはそのような表記、一度として存在しないから。当然そのような事情、読んでもいないクロロは知る由もないのだ。どうせバレているならばと気を許し、結果今更平然と訂正されたってもう遅い。
「次笑ったら殺す」
 台詞と顔が一致せず、緩む口元を引き締めながら謝罪と共にスプーンも手渡した。ピリッと蓋を破り先程までの重苦しいオーラから一変、ご機嫌に食べ始めるその様子に私の我慢も限界に近い。クロロは気付いていないのか。今自分がどのような表情でプリンを口に運んでいるのか。こんなの惚れるなという方が無理がある。漫画とのギャップがありすぎて破壊力抜群だった。



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