From this day

□クロロの本性
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 原因不明の耳鳴りから早三ヶ月。季節も春へと移り変わり、突然我が家へとやってきたクロロとの同居生活はというと、
「また増えてる……」
 実は今も続いていた。
 あの日以来、素を出したかったのは最早クロロの方ではと思うほど、この場に留まると決めてしまった彼の態度は見事に一変した。日に日に散らかるクロロ好みの本は一体どれほどの数を示しているのだろう。つい先日、私が何度も往復し捨ててきたあの苦労はたった一夜の外出によりその倍以上の数となっていた。原作を記憶する限りでは古書好きという情報しか読み取れはしなかったが、なるほどクロロは読書そのものが好きなのか。そういえば除念前には漫画も読んでいた。守備範囲の広い男である。
 今でこそこうして当たり前のようにクロロを眺めているが、当初の生活は胃が痛くなってしまうほどいつも細心の注意をはらっていた。理由は一つ、私が一人暮らしではないからだ。私が外出している間にもし誰かが部屋に入ってしまったら。気付かないクロロが呑気にベッドで寝ていたら。本当に心配が尽きなかった。にもかかわらずクロロは「さあ、どうにかなるだろ」と、視線は本に向けたまま全くの他人事である。それでも愛は変わらずで、シャープな彼の横顔は毎日見惚れるほどに美しかった。
 最近では落ち着いてきたものの、一人では有り得ないほどの話し声や騒音に誰かが私の部屋を覗きに来ることもしばしば。近付く足音にも一切動じることのなかったクロロは、突然念を発動させ瞬き後には綺麗さっぱりその姿を消していた。無事に乗り切り、透明になれる能力でもあるのかと感心していた私の目に飛び込んできたものは毛布の谷間にその身を潜め読書を続ける十センチほどにまで縮まったクロロの姿だった。
「……便利ですね」
 心配は不要であると学ぶ。

 *

「ねえ」
「…………」
「ねえ、クロロ」
「なんだ」
「また本が増えましたね」
「そうだな」
「ちょっと厳しいかも」
「へえ」
 ベッド上で足を投げ出し、壁に背を預けながら気のない声が返ってくる。それ自体はもうこの上なくかっこよく思わず身悶えてしまいそうになるのだが、気遣いというものを取っ払ったクロロはここ最近ずっとこんな調子である。クロロの匂いが染み付いたシーツを断固として洗おうとしない私が言うのもなんだが、それはそれ、好きなのだから仕方がない。
「家族に隠れて捨てるの結構大変なんですが」
「そうか」
「いや、そうかじゃなくて」
「捨てなければいいだろう。うるさいな」
「う」
 うるさいってこの男。一瞬、ほんの一瞬だけれどもクロロへの愛が霞んで見失いそうになった。
「言っておくが、ここから先はまだ読んでいない」
「……何、聞こえなかった」
 不機嫌さを滲ませ振り向きざまに思い切り睨みつけるが、当然あの彼が引くはずもなければ悪びれる様子すらない。私の態度になど目もくれず書籍群上に手をかざしたクロロは、いちいち私に接近し吐息がかかるくらいの距離で「ここから先だ」と二度繰り返してくる。本当に目が眩んだ。そんな姿を見せられては、もう黙る他に道はない。
「今度は聞こえたか?」
 確信犯なクロロ。静かになった私を見て得意げに唇をつり上げた。おそらく彼は知っているのだろう、長年抱いてきたこの感情がそう簡単に消えやしないということを。そう、霞みはしても決して消えやしないのだ。だからこそきっと彼も好き放題できるというものだ。


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