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□デットエンドの冒険
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ハンナバルの港町は夜、ゆかいな歌と笑いでやかましい。

つらくて窮屈(きゅうくつ)な長い航海を終えた船乗りたちが、思う存分メシを食らい、酒をあびて命の洗濯をするからだ。

居酒屋の明かりが(のき)(つら)ねた目抜き通りから折れて一歩奥へ入ると、こわいお兄さんや物盗りが出そうな剣呑(けんのん)とした空気のただよう路地裏に迷い込む。


そこに、古びた看板を(かか)げた一軒のバーがあった。

地下へ下りる階段の壁には、ヤニと手垢(てあか)で汚れた賞金首の手配書がびっしりと貼られていた。

手配書を貼るのは、海軍から全うな商売の許可を得るための店の義務でもある。

だから海賊をお得意様にしている港の酒場にも、滑稽(こっけい)だが海軍の手配書が貼られている。

こうした港町で(あきな)いをする者の大半にとっては、海軍も海賊も、金を落とす船乗りはみな、ありがたい客だ。




そんなバーの階段を下りる一人の男の姿があった。

マジシャンのような格好に、黒い帽子を目深にかぶっている。

階段を下りる途中、男は壁の手配書に目をやった。


そこには


『WANTED(指名手配)』

『DEAD OR ALIVE(生死問わず)』

『MONKEY・D・LUFFY(モンキー・D・ルフィ)』

その手配書のとなりには──


同じく『WANTED』の文字はあるが、


『ALIVE ONLY(生け捕りのみ)』

『BALFRET・FROL(バルフレット・フロル)』

二つの手配書を目にすると、男は階段を下りはじめた。






階段を下りきると男は、周りを見わたし一つのテーブルに目をとめた。

そして、そのテーブルへ歩いていく。

近づくにつれて(にぎ)やかな声が大きくなる。






「あ〜〜〜〜〜!
食った食った!」

麦わら帽子をかぶった、左のほっぺたに傷のある少年ルフィは三千万ベリーの賞金首として手配書が店に貼られていた。


「そんだけ食えばな」

剣士のゾロが呆れてつぶやくと、ルフィの背後に目をやった。

ルフィ「ん?どうした、ゾロ………ぐえっ!」

その時、背後からルフィの頭をかるく叩く者がいた。

階段を下りてきた男だ。

「食いすぎだろ、いくらなんでも」

ルフィ「フロル!おかえりー!」

フロルと呼ばれた男はルフィ率いる麦わら海賊団の副船長だ。

そして店に貼られていた手配書の人物。

ALIVE ONLY(生け捕りのみ)の一億五千万ベリーの賞金首でルフィの兄。

そして、正真正銘のマジシャンだ。


ルフィ「まだまだ食えるぞ?」

フロル「まだ食う気かよ?
相変わらずよく食うよなお前」

呆れた顔でフロルは帽子を取るとルフィの隣に座った。

テーブルには山積みの皿があり、崩れかかったのをウソップが慌てて支えていた。


ナミ「おかえりフロル?
どうだった?」

ナミが手でお金のマークをつくりフロルに言った。


フロル「ああ〜、まぁまぁかな
悪い、あんま稼げそうにないかなぁこの町」

ナミ「そう、まぁそれでもないよりマシか」


海賊団のお金はフロルのマジシャンとしての稼ぎもあるようだ。

サンジ「フロルお前、ナミさんをがっかりさせんじゃねぇ」

フロル「しょうがねぇだろ?
場所が悪いよ場所が……」

サンジ「がっかりしないでナミさん
ナミさんもロビンちゃんも、デザートなどいかがですか?」

フロル「俺の話しは無視か」

ナミ「みかんパフェ」

ロビン「わたしはコーヒーを」

フロル「なぁサンジー、俺も何か食いたい」

サンジ「あぁ?
……ったく、しょうがねぇなぁ
何食うんだ」

フロル「ん〜、じゃあ…これとこれ」

サンジ「はいはい」

渋々といった感じだがサンジはフロルも含めた注文を店のオヤジに伝えた。

やがて、三人の注文の品が届きフロルもやっとメシにありつけたようだ。


チョッパー「俺、おかわりしたいな」

チョッパーが控えめにつぶやいた。

ルフィ「あ!
ずるい、俺も!」

フロル「ずるくねぇよ
お前もう充分食っただろ?」

ナミ「そうよ、あんたはもう終わり!
ルフィ!
フロルが稼いできてくれるったってね、お金だって心もとないのよ!」

財布のひもを握っているナミが怒った。


サンジ「もう、たくわえがないのかい?」

サンジが心配そうに(たず)ねた。

ナミ「ここんとこフロルの稼ぎ以外に実入りのある仕事があった?
お宝どころか、海軍のパトロールに鉢合(はちあ)わせるわ、嵐にあうわ
──この島で食料調達したら、ほとんどお財布からっぽよ」

ルフィ「なんだよ、それ!」

ルフィが激しくテーブルを叩いて、まじめな顔をした。

ルフィ「おい!
船長として、ここは言っておくけどな………お前ら金づかいが荒すぎるぞ!
もっと計画的に──」

『ほとんどてめぇの食費だよっ!』

フロルとゾロとサンジが、トリプルで船長をしばき倒した。

ナミ「っとにもう……冗談抜きで、問題は切実よ?
何でもいいから、ぱっと金になるような事ないかなぁ」

サンジ「ぱっと金になるといったらギャンブルでしょう、ナミさん!」

ナミ「でも、この島にはカジノなんてなさそうだし──」

何気なくカウンターを見たナミの目線が、店のオヤジとからまった。

皿洗いをしながら、こちらの話を聞いていたらしい。

そこへ、客が入ってきた。

男が一人だ。

「ラム酒を一杯くれ、オヤジ」

やけに大声で言うと、男はカウンター席に腰を落とした。

「ちょっと聞くが、この島はハンナバルだよな?」

「ああ、そうだよ」

「そうか──よかった
間に合ったな」

男は含み笑って、カウンターにコインを二枚置いた。

二言、三言──ジェスチャーを交えて小声でやり取りした後、男はラム酒を呑み干して立ち上がった。

店のオヤジにうながされて、奥へ案内され、そのままいなくなった。


フロル「なぁ、今入ってきた男……なんかあやしくねぇか?
なぁ、ゾロ」

ゾロ「ああ、ありゃ海賊だな」

ナミ「あんたたち……見てたの?」

フロル「別に、ただ目に入っただけ」

ゾロ「俺もそんなとこだ
お前も見てただろ
店のオヤジと、何やらあやしげなやり取りをしていたが」


ウソップ「だぁっ!
ルフィ、今おれの肉とったろ!」

ルフィ「ん〜〜〜〜〜?
ほってはい、ほってはい!」

ウソップ「めいいっぱいほおばっといて、とってないじゃねーよっ!」

テーブルではルフィがつまみ食いしたウソップの皿の肉をめぐって、食器がぶつかり合う大ゲンカが展開された。



ナミ「ルフィ!ウソップ!
やめなさい!
──ケンカしてる場合じゃないわ
今、冒険の匂いを嗅ぎとった!」

ルフィ「ぼ……冒険っ〜〜〜〜?
どこっ?どこだナミ?」

ゾロ「金の匂いの、間違いだろ」

サンジ「んだとてめぇ……おい、マリモヘッド!
ナミさんに対してなにを──」

ナミ「正解──わたしの好物は、お金とみかん!
見逃すわけないでしょ!」

フロル「さすがナミ、抜け目ないな〜」

その時、店のオヤジが戻ってきたのを見計らって、ナミはカウンターに歩いた。

ナミ「ねぇ、マスター」

「………ああ?」

ナミ「私たち、近ごろ慢性的金欠病なの
いい薬知らない?
例えば一攫千金(いっかくせんきん)できそうなパーっと景気のいい話」

「……………」

ナミ「おもしろい話が──
この店の奥にありそうだなって、思ってるんだけど」

「……………」

ナミ「………怖い顔しないで
だ〜いじょうぶ、ここの支払いくらいはあるから」

「お前ら、まだガキだろう」

ナミの態度に、店のオヤジはしかめっ面をした。

ロビンをのぞけば、船長のルフィは十七歳だし、副船長のフロルは十八歳。

他の仲間も全員が十代の若者ばかりだ。

ナミ「若いのは認めるけど、私たち海賊よ」

「気づいていた
そっちの麦わら小僧……船長か?
隣の小僧も手配書か何かで見覚えがある
お前は何かと噂になってるんでな、有名人だよ
たが、金に困ったくらいで命を危険にさらすもんじゃない」

ナミ「(おか)で暮らしてる人は必ずそう言うわ」

「……………」

ナミ「どんな嵐に襲われても、陸は沈まないもの
けれど──海は違う
海賊は違う

航海は──海で生きることはハナから命がけ」

「その覚悟がなければ、海には出ないか」

ナミ「それに、お金以上に困った問題なのは──
うちの船長を止めるのに、危険って言葉は理由にならないのよね」

ルフィ「おっさん!冒険はっ?
その奥にあるのかっ?」

カウンターに手をついたルフィは、すっかりワクワクして店の奥を覗き込んだ。


ナミ「──というわけで、教えてくださる?」

「バカと海賊につける薬はねぇな」

早死にしたいなら、ついてこい。
店のオヤジは告げた。
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