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□デットエンドの冒険
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酒場のカウンターの奥の扉を入ると、そこは意外にもトンネルにつながっていた。
「入ったら、扉を閉めろ」
ウソップ「おい………真っ暗じゃねーか!
ど、ど、どこに案内する気だ、おっさん?」
チョッパー「ちょっと、怖いなぁ………フロル」
フロル「大丈夫だって……たぶん」
チョッパー「た、たぶんなのか?」
フロル「うん、多分だな
そんなに怖いなら、ほら、肩車しといてやろうか?」
チョッパー「うん!ありがとうフロル」
怖がりのチョッパーは、フロルに肩車をしてもらい先に進む事にした。
「このトンネルを、まっすぐ進んでいけ
おれの役目はここまでだ
あとは、行きゃあ分かる」
ルフィ「ああ、そうする!」
ウソップ「バ、バ、バカルフィ!
こんなの怪しすぎる!
ぜったい罠に決まってる!」
ナミ「本当にこの奥に、儲け話が待ってるんでしょうね?」
「保証がなければ進めないなら、引き返せ」
ナミ「むっ──」
店のオヤジに言い返されて、ナミはふくれっつらになった。
「ここから先は“非合法”
──偉大なる航路の海の掟だけが支配している」
店のオヤジはランプを点けてゾロに手渡した。
行く手を照らすと、炭鉱道のような人の手で堀り抜いた狭い通路のようだった。
ウソップ「う〜ん………
じ、じ、持病のトンネルの奥に進んではいけはい病が………」
フロル「ウソップ、もうあきらめたほうがいいぞ
ルフィは行く気満々なんだし」
サンジ「金がないんじゃしょうがねぇ
………ナミさんを守れるのは、俺だけだし」
引き返そうとしたウソップは、ゾロとサンジに首根っこをつかまれた。
「トンネルを突きあたった所で、百ベリー硬貨を二枚出せ
“ダブルニッケル”──それが合言葉だ」
ルフィ「分かった!
サンキューおっさん!」
ルフィは手を上げて答えると、トンネルを歩きはじめた。
「一つ聞きてぇ……船長さんよ」
ルフィ「お?」
「なんで海賊なんかやってる?」
ルフィ「海賊王になるんだ」
「くっくっく……はっはっは!
いいねぇ!愉快だねぇ!
お前さんみたいなの、俺は好きだぜ!
今夜の酒代はツケといてやる
海賊王の、出世払いだ」
店のオヤジは痛快そうに笑った。
ルフィ「よーし!
行くぞ、おれのメシ代を稼ぎに!」
ウソップ「いや、もうその計算かよ」
ウソップのツッコミはさておいて、フロルたちはトンネルの奥へと進んだ。
ゾロを先頭に、やや下り坂になったトンネルをしばらく歩いた。
ランプの光が照らすのは、ほんの数メートル先までだ。
ウソップ「うっぷ?」
ゾロの背中に、ウソップがつんのめってぶつかった。
ウソップ「お……おい!
急に立ち止まるな!
び、び、びっくりするじゃねぇか!」
サンジ「どうした」
フロル「?」
ゾロは何か気にかかったようだったが、思いなおしてまた足を踏み出した。
その時──
ゾロ「!」
闇に、生首が浮かんだ。
ゾロが思わずランプをとり落とした。
薄笑いをたたえた白い能面顔が、なんの気配もなく、幽霊のように現れたのだ。
ウソップ「うわああああああああっ!」
チョッパー「やだ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
ウソップの悲鳴にあおられたチョッパーが、じたばたとフロルの頭の上でパニックに陥ってフロルの顔にしがみついた。
フロル「うがっ!
ちょっチョッパー、苦しいっ
落ち着けって!………ぷはっ」
危うく息ができなくなるところだったフロルは、何とかチョッパーを顔面から引き離した。
サンジ「なんだ、てめぇ」
そんな三人をよそに、サンジは臨戦態勢で足をふり上げて、蹴り技の構えをとった。
能面男は、その敵意に応じてそろりと短剣を抜こうとする。
ナミ「待って!サンジくん」
ナミが間に入った。
ポケットを探ると、その手を能面男の前に出す。
ナミ「“ダブルニッケル”」
人差し指と中指にはさまれた二枚の白銅貨が、ランプの明かりに鈍く照らされた。
能面男は、すっと殺気をしまいこんだ。
短剣を鞘に収めると、決して背中を見せることなく後退りながら背後を探った。
闇の壁がめくれるように、扉が開いた。
まぶしい。
能面男は、うやうやしくお辞儀をして来客を招いた。
ルフィが、暗闇が怖かったウソップとフロルにしがみついていたチョッパーが、われ先に扉に駆け込んだ。
そこには、巨大なホールがあった。
まるで岩窟都市だ。
井戸のような円筒型の空間をとり巻いた、高さ百メートルはありそうな自然の絶壁に、底から頂上まで何層にもフロアがくり抜かれていた。
すべてのフロアにはテーブルが並べられて、まさに酒盛りが行われているところだ。
ルフィ「おっほ〜〜〜〜!
なんだよ、ここは?
楽しそうだぞ!」
ルフィとウソップとチョッパーは、吹き抜けの手すりに身を乗り出して大興奮した。
吹き抜けの天井には船が吊るされていた。
ディスプレイ用の模型だろう
──左右に櫂を並べ、舳先に衝角を備えたガレー船だ。
フロル「こんなとこが、あったのか………
これ、みんな海賊か?」
ナミ「ほんと………この島に、こんなに人がいたの?」
ホールにはデザインも様々なドクロの旗が、自分たちの存在をアピールするように掲げられている。
十や二十ではない。
そこは、海賊の大宴会場だった。
ナミ「港には……海賊船なんか一隻もなかったのに」
「ねぇちゃんも、賭けに来たのかい?」
ナミ「……………」
「あん……違うのか?
まさか、レースに出ようってんじゃねぇだろうなぁ」
ナミ「──だとしたら?」
ナミは男が言っている事がちんぷんかんぷんだったが、無知につけ込まれるのが嫌で、言葉を合わせた。
「やめとけ、やめとけ!
命がいくつあっても足らねぇよ!」
「女にちょっかい出してねぇで、さっさと札切れ!
てめぇの番だぞ」
仲間に急かされて、酔っ払いの海賊は再びカードに熱中しはじめた。
ナミ「賭けレース………?
非合法っていうのは、ここが賭博場ってこと?」
フロル「けど、レースって何の?」
ロビン「〈デットエンド〉」
フロルの問いに、ロビンがつぶやいた。
フロル「〈デットエンド〉?
………なにそれ……?」
ナミ「何か知ってるの、ロビン?」
ロビン「ずいぶん昔の事だから──
でも、ここの獣小屋みたいな臭いを嗅いだら、はっきり思い出した。
わたしが乗り込んでいた海賊船の船長と、このハンナバルに来たことがある
何年かに一度ここでレースが行われるの」
ナミ「どんな?」
ロビン「海賊の、海賊による、何でもありのキャノンボール・レース」
ルフィ「きゃのんぼーる?」
ロビン「名前の通り、はじまったら止まらない“砲弾”レースよ
………スタートは、このハンナバル
参加者には、ゴール地点の永久指針だけが渡される
ルールは簡単
真っ先にゴールした船だけが賞金を受け取れる
それだけよ
途中で何があっても表沙汰にはならない
そう………なにがあっても」
ルフィ「何があっても!」
ルフィは床にしゃがみ込んで、わくわくとロビンの話しに夢中になっていた。
フロル「何があっても、ね
分かりやすいレースだな」
サンジ「ああ……この後、どういう展開になるかと同じくらいな」
ロビン「その海賊の裏レースの名が──〈デットエンド〉」
ナミ「〈デットエンド〉……分かりやすいくらい、ぶっそうなレースみたいね
………ねぇ!あなた!」
ナミは、さっきちょっかいを出してきた海賊に声をかけた。
「あぁ?」
ナミ「今回は、どんな連中がレースに参加するわけ?」
「そうだな……めぼしいやつだと
………三番人気が、一番下の階にいる」
フロルたちは手すり越しに井戸の底、一番下のフロアを見下ろした。
そこでは──身の丈数十メートルの巨人が二人、あぐらをかいて酒を酌み交わしていたのだ。
「巨人族のボビーとポーゴだ」
ウソップ「うわぁ、巨人族が出るんだ」
チョッパー「巨人だ
………おれ、はじめて見たよ、ウソップ!」
「むかいのテラスに二番人気がいる
シャチの魚人ウィリーだ
東の海を荒らしまわったノコギリのアーロンとはライバルだったらしいな」
ウソップ「あはは、魚人までいるのかぁ
しかも、あのアーロンのライバルだって」
フロル「ウソップ、知ってんのか?」
ウソップ「当たり前だフロル!
おれは魚人の幹部をしとめて、アーロンを倒す援護をした男だぞ!」
フロル「へぇ、ウソップもやる時はやるんだな」
チョッパー「すごいやウソップ!」
ウソップ「はっはっは………って、おい!おい!
巨人や魚人がレースに出るなんて、聞いてねーよぉ!
うわぁあああああ───!」
ルフィ「はっはっは!
なるほど、なるほど、何でもありだな」
ウソップ「おいそこっ!ルフィ!
わくわくするなぁ〜〜〜〜〜!」
フロル「さっきまでの余裕どこいったんだよ
ルフィのあれは、あきらめろよ
いつもの事だし」
サンジ「大丈夫!
巨人だろうと魚人だろうと、ナミさんとロビンちゃんは、ぼくが守りますから」
フロルとサンジは絶望のウソップに、なぐさめにもならない言葉をかけた。
「そうそうたる顔ぶれだろ?
なにしろレースの優勝賞金は三憶ベリーだってよ!
前回の三倍だ!」
ナミ「さぁ!
レースにエントリーよ!」
フロル「目がベリーだ……」
フロルの言うようにナミは瞳にお金マークを浮かべて即断した。
レースの参加登録は、大ホールのVIPルームで行われていた。
「エントリーリストにサインをしろ」
参加リストに記録したナミがペンを置くと、胴元は何かを投げてよこした。
ナミ「永久指針──
『PARTIA』………パルティア?
そこがゴールね」
ナミは台座に鋲止めされたプレートの文字を確認した。
「言うまでもないが、そいつがなけりゃ、どんな優秀な航海士でもゴールにはたどり着けねぇぞ」
ナミ「この永久指針が、レースの参加証明ってわけ」
「地獄への片道切符さ……ひっひっひ」
ナミ「三憶ベリーの約束手形、でしょう?」
「ハンナバルからパルティアに至る海域は偉大なる航路でも指折りのサイクロンの名所だ
わざわざ死にに行くこともあるまいに……金にでも、困ってるのか?」
「ご親切に、どーも」
パルティアの永久指針を腕に巻いて、ナミは胴元にさよならした。
ナミ「ところで──ダブルニッケルの合言葉といい、参加登録のサインといい、海賊相手の興行にしては、ずいぶん手続きがしちめんどうなのね?」
「以前、このデットエンドをレースごと海軍に売り飛ばそうとした、ふてぇ野郎がいてなぁ
………ちっとばかり用心深くなってるわけだ」
ナミ「賞金首の集まる海賊レースだものね
海軍にとっては、かっこうの狙い目か
………それにしてもよく、これだけの海賊団が集まったわね
そのわりに、港では他の海賊船を見なかったけど──」
「スタートは明朝、この町の港からだ
……ああ、ちょっと待て」
ナミ「まだ、なにかあるの?」
「参加者でもレースに賭けられるぞ
一口どうだ?」
ナミ「バカね──
そんなの、自分に賭けるに決まってる」
「ひっひっひ!大穴狙いか!
お前らが優勝したら三百五十倍だ!」
ナミ「一番人気は?」
「ガスパーデだ
“将軍”ガスパーデだ………ひっひっひ!」
部屋の外で待っていたロビンに、ナミは一番人気の海賊の名を尋ねた。
ナミ「そいつが一番人気らしいけど、何者かしら──って、あれ?
ほかの男どもは?」
ナミは、きょろきょろ辺りを見まわした。
いっしょに待っていたはずのルフィたちがいない。
ロビン「下の階に、食事に行ったわ」
ナミ「はっ?
だから……金が、ないんだっつーにっ!」
ロビン「レースの参加者に限って、ここでの食事はタダだそうよ
それ聞いたら、喜んで飛んでいったわ」
ナミ「タダ?
ならいいわ
あ……でも、あいつら目離したらどんな騒ぎおこすか」
ロビン「それなら多分大丈夫じゃないかしら
副船長さんもいっしょに行ったみたいだし」
ナミ「フロルも?
なら、ひとまずルフィのお守りは任せていいわね」