騙し騙しの畏敬感
□第二廻
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『まだ帰らねえのか』
「うん」
『さっきのガキの家にも泊まらねえのか』
「うん」
じーっと顔をのぞき込んでみるが、目線は合わない。
『…聞いた俺が馬鹿だった』
諦めて川原に寝転ぶ。心底呆れた。
これだけ待たされているにも関わらず、来るはずもない人間を必死に待っている。
(ったく、これだから人間は…)
哀れな生き物だ。
そんなことを考えているのを察したのか知らないのか、寡黙なはずの口は言葉を発する。
「星が綺麗な夜に迎えに行くって言った。だから待つの」
大事なときにも喋らないくせに、"あいつ"のことになるとやけにしつこい。
(あの野郎…こいつが喋れるようになる呪いでもかけて行きやがったのか…?)
霊が見えるなんてちっともいいことじゃない。人は理解を超えたものに出会うと、すぐに否定したがる。
蔑んで、罵って。
自分達の醜い姿なんて見えてやしない。
その中でさらに力が強い者は、もっともっと酷い目に合う。
『いい加減諦めろ。"あいつ"は来ない』
頑なに待ち続けるこの馬鹿を、何度説得させようとしただろうか。
「嫌。待つよ」
失敗回数は、試行回数と同じ。
『この俺を、こんな場所で、お前が死ぬまで、寝かせ続ける気かよ』
ひとつひとつ区切って嫌味ったらしく言う。
無駄だとわかっていても、何度も試してしまうところは自分も馬鹿のお仲間だ。
「うん。来るまでここにいる」
返事はYesのひと言だけなのに。
『はあ…。それにしても、一日ぐらい布団の上で寝りゃあいいじゃねえかよ』
あのふかふかの布団のことを思い出すと、名残惜しいことをしてしまったと全力で後悔してしまう。霊体ではあるが、こういうのは気持ちの問題だ。
「なんでかわからないけど、つまらない」
『つまらないってあのなあ…』
こいつが今何を感じているのかなんて明白だ。
ため息をついて話しかける。
『あんな奴を待って何になる?』
意味のない時間を過ごすことほど疎ましいものはない。
特にこいつにとってはそうのはず。
「わかんない」
自分のことも自分でわからないなんて、哀れだとも滑稽だとも思う。
『ほんとやってらんねえ…』
そんな人間の後ろでぶらぶらしている自分は、目の前の少女よりもよっぽど滑稽だと自嘲する。
『あんな奴は待っても来ない。だから帰れ』
この少女が何を望もうと、それが有るべき状態だ。
『嫌』
「もう限界だ。引きずってでも帰る」
少女を眠らせようとしたとき。
どこからか炎が現れ、霊体であるはずの俺の"手"を少し焦がした。