let go
□let go 10
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店から出ると雨は止んでいた。あれだけ降っていたのに、あれだけ雲に覆われていたのに、今は真っ青な空に様変わりしていた。
晴れてはいても、先ほどの雨ですでに濡れてしまった服は、そう簡単に乾きはしない。
ーーー私の心のようだ。
「マダラ様は全部わかってたんですね」
任務の内容は同じ任務に就く者同士、共有するのが原則ではないのか。任務に危険は付き物だ。その危険をできるだけ避けるために共有し、打ち合わせや作戦を立てるのが普通だと思う。それが仲間なのではないのか?この男に仲間と思われていないのはわかっているけれど。不信感でいっぱいの私の心は、簡単に緩むことはない。
「ああ、全て知っていた」
「なんで教えてくれないんですか?」
ぼやき気味にそう聞くと、彼は歩きながらこちらを見ずに答える。
「気を付けろと教えてやっただろう」
「そうじゃなくて!任務の内容です!なんで教えてくれないんですか!?」
思わず声を荒らげて問い掛けるが、彼は何も話さない。そうか、だんまりを決め込む気なのか。考えてみれば、以前から彼は私に「教える気はない」と言っていた。その意図も、どこからどこまでを教える気がないのかもわからない。だから聞くのも無駄なことなのかもしれない。
所詮、マダラにとって私は未来から来たと言っているだけの、ただのくのいちだ。その未来から来たという証拠も何もない、そもそもあっても信じないのだろう。
彼と初めて会った時、私を邪険にもしないし親しくされるわけでもないけれど声を掛けてくれるし、そこまで悪い印象はなかった。むしろ普通の会話ができるという、良い意味で普通の男性なのだという意外性の方が強かった。
しかし、今はどうだろう。些細な言い争いをしただけで、危険を伴う任務の内容を私に知らせないまま任務に就かせ、さらに自分が敵を倒したら手助けもせずにただ傍観していた。
彼に優しさを期待したことはないが、なんだか突き放されたような凄く悲しい気持ちになった。まあ、散々心の中で彼を疑ってきたのは紛れもなく私だったが。
それを前提に考えてみれば、彼も私を疑うのも当たり前で自然なことだ。仕方がない。
人の気持ちを探るって本当に難しいことなんだ。信じ合うって、親しくなるって本当に大変なことなんだ。人と人との出会いは奇跡が積み重なって友達になり、馬鹿話ができる同僚ができ、恋人ができていたのだろう。
ぐるぐるとこれまでのことを考えていると、何やら難しい顔をしていたらしい。隣に並ぶマダラが眉をひそめて私を見ていた。
「何を考えているんだ」
「今までのことを、色々と」
「はあ?なんだそれは」
「マダラ様には教えません」
彼が私にそうしたように、私も同じことをしようと決めた。そう言われた人間がどういう風に捉え、感じるのか、もう一度じっくり考えてみればいい。
帰り道は爽やかな風が吹いていてとても心地よい気分だ。そのお陰で濡れていた服も少しずつ乾き、不快感はあまり感じなくなっていた。木ノ葉に戻ったらすぐに風呂に入りたいのは事実だけれど。お腹も空いたし。
そんなことを考えていたら、先ほどあったことも結構どうでもよくなってきていた。今日はマダラと最初から最後まで険悪だったけれど、次に一緒に組む時は気持ちを切り換えられると思う。この人はこういうよくわからない人なのだと思っていれば大丈夫な気がする。でも何か気に障るようなことを言って、頬をつねられることだけは気を付けないと。
「名前」
「…はい?」
「まだ機嫌が悪いのか」
いや、今はもうそこまで機嫌は悪くはないけれど。それよりもあなたの方こそまだ不愉快な気分なんじゃないの?そう思って彼の方を見上げれば真剣な表情。
「なぜ言わなかったか教えてやろう」
なぜ急に。思惑があったなら聞いてはみたいが怖い気もする。それに先ほどまで言い渋っていたのだから、よほど私に対して言いたくないことに違いない。
「言いたくないなら無理に言わなくても大丈夫です」
「素直じゃないな。いいから聞け」
「いや、いいですってほんと。遠慮しておきます」
「しつこいぞ。遠慮などするな」
何だ、この譲り合いは。別に聞きたくないと言っているのに。
「マダラ様こそしつこい!」
「聞かせてやると言っているんだ!」
「なんで上からなんですか!?聞きたくないってば!」
「テメェ!」
また頬をつねられる!そう思い、条件反射で頬を手で隠し、目を瞑った。しかし、いつまでたっても想像していた痛みは訪れない。ゆっくりと目を開いてみると、彼の手は私の顔の前でピタリと止まっていた。
「ったく…。来い」
そう話すと頬を守っていた片方の腕が、彼に掴まれた。同時に彼は足早に私を引っ張っていく。
え?何?どこに行くの?
混乱して回らない頭は、ただその行き先と私の腕を掴む彼の手ばかりを気にしていた。