let go

□let go 5
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焦りと不安。
今、私の目の前にいるクロノさんを表す言葉はこれに尽きる。切実にうちは一族の長を想い、どうにかしたいと願う気持ちは、痛いくらいに私に突き刺さっていた。その言葉と気迫に圧倒されてしまい、つい「わかりました」と返事をしてしまう有り様だ。

特別、私がマダラに何かしようなどと思っているわけではない。私は冷たい女なのだろうか。いや、言い訳をさせてもらえば、私はあの男に対して情はない。木ノ葉隠れの里の創設者という点では尊敬はできるし、見ず知らずの私を激しく突っぱねることもしない。しかし、それ以上でもそれ以下でもないのだ。万が一、何か間違いがあって優しくされたところで、常に大戦でのことが私に付きまとう。
それでも私がその申し入れを了承したのは、私を信じて想いを打ち明けてくれるクロノさんを安心させたい、その一心だった。それに、クロノさんですら、とりわけ何かをマダラにしてほしいわけではないと言っていたのだし。

「まあ、任務で一緒になることもあるだろうし、たまに会った時に話し相手になるだけでいいからさ」
「そのくらいなら、いくらでも」
「気負わなくて良い。ただ、何もしないのは歯痒いんだ。頭のほんの片隅にでも留めてもらえれば」
「わかりました」
「名前ちゃんに打ち明けられて良かったよ」

そう言って彼の纏っていた雰囲気は和らいだ。ずっと誰にも話すことができずに、一人で考え込んでいたのだろうか。少しでも良いから私に話すことで、彼の心の負担が軽くなれば良いと思った。物事を共有できる人がいるという安心感は計り知れないものだと思う。

ーーーそれにしても。

「クロノさんって本当に鋭い人ですね」
「え?なんのこと?」
「色々とですよ」
「? あ、このことはオレ一人が考えてたことだから、マダラ様はもちろんだけど他の人にも絶対に言っちゃダメだからね」
「わかってますよー」
「マダラ様、怒ると怖いからさ」
「…恐ろしすぎて想像したくもない」

彼は焦ったようにそう言えば、口元に右手の人差し指を立てて近づけて綺麗に笑ってみせた。整った容姿にその仕草。間違いない、この人絶対モテる。

「そろそろ中に…」
「名前!クロノー!!」

仕事に戻ろうとして発せられた声を遮るかのように聞こえてきた、私達を呼ぶ女性の声。正面にある池の向こう側の通りに目を向ければ桃華さんが立っていた。

「二人ともお疲れさま!」
「桃華さん、どうしたんですか?」
「クロノに緊急で別の任務が入ったの!悪いんだけど、クロノはこちらで借りるわ。ここは名前だけで大丈夫よね?」
「大丈夫です!クロノさん早く行ってあげてください」
「わかった、ここは任せるよ。じゃあまた」
「気を付けて」
「…くれぐれもよろしくね」

クロノさんは去り際、私の肩に手を置き、私だけに聞こえるような小さな声で呟き、私は無言のまま頷いた。





二人が瞬身の術でその場から去ったのを見届けた後、私は旦那さんの待つ店内へと再び足を踏み入れた。店仕舞いまであともう少しだ。
私が厨房まで戻ると彼がこちらに気付き、振り返って不思議そうな顔をした。私は、彼が私に尋ねたいであろうことを先に話し始める。

「クロノさんは緊急の任務が入ってしまいまして、今日のところは私一人でこちらの仕事をお手伝いします」
「そうかい。いやあ、忙しいのに悪いねえ。こんな小さい定食屋に君達みたいな優秀な人達に仕事をさせるなんて申し訳ないよ」
「何言ってるんですか!こんなに美味しいご飯を作ってくれる旦那さんに手伝えるなんてありがたいです。それに無銭飲食するような最低な奴は絶対捕まえなくちゃいけないし!」
「頼もしいねえ。でも大丈夫なのかい?君みたいな可愛らしい女の子があんな大男を捕まえようだなんて…。正直心配だよ。危なかったら逃げても良いんだよ」
「大丈夫ですって!私も一応忍ですから!」
「それはそうなんだけどねえ…」

旦那さんは眉を下げると、心配そうに私を見つめた。心配する気持ちはわかる。今までも何度か依頼人にそんな顔をされたことがある。一般人から見たら、忍服を着ていない私は忍には見えないだろうから。

「あと一時間くらいで店仕舞いだ。今日はもう、お客さんは来ないかもねえ」

そう言って旦那さんは窓の外を見た。彼は外からの光で眩しそうに目を細め、腰に手を当てて少し身を乗り出した。
私は遠目からその光景を見ながら窓の外を覗くと、相変わらず人通りはあるものの、昼時はとっくに過ぎている。人々が入ってくる気配はない。いつもなら二、三人のお客さんはいるのだが、今日の店内は誰もいないのだった。

本当に今日はこのまま店仕舞いかも、なんて思っていたら、旦那さんが口を開いた。

「名前ちゃん、……来た」

そう言った彼の声が震えていた。
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